砂時計を倒す夜
地下ゲーム店の時計が午前一時を指すと、卓上の砂時計が返された。
黒砂が落ち切るまで五分。黒の王駒を盤中央へ置けば、真縁蒼士は賞金一千万円を得る。失敗すれば、担保に入れた父の印刷所が主催者へ渡る。
ディーラーが欠けた黒駒を置き、毎回同じ声で言う。
「砂が落ちたら手を離せ」
蒼士は三手先まで読んだ。相手の白駒を誘い、空いた中央へ王を滑らせる。指を離した瞬間、砂が最後の一粒まで落ちた。
午前一時。砂時計がまた返された。
二周目は初手を変えた。三周目はわざと駒を取らせた。四周目は相手の癖を利用した。差分だけを重ねるうち、蒼士は百通り近い盤面を覚えた。
「砂が落ちたら手を離せ」
どの手順でも、王駒が中央へ入る直前に不自然な抵抗が生じる。相手は同じ微笑みを崩さず、蒼士が新しい手を見つけるたび、初めて見るはずの驚きを寸分違わず演じた。七周目、蒼士は袖のボタンを外し、盤面へ転がした。金属ボタンは中央の一マスに吸いついた。
盤の下に磁石がある。
欠けた王駒の底にも鉄片が仕込まれ、中央から弾かれる向きに磁場が組まれていた。最初から勝てないゲームだった。
九周目、蒼士は磁石の切り替わる瞬間を突き止めた。相手が時計へ目を落とす二秒間だけ、卓の裏へ足を入れればスイッチを切れる。実行すれば勝てる。反則の証拠も残らない。
王駒を中央へ運び、あと一手。
父の印刷所には、蒼士がゲーム会社を興すために借りた金の抵当がついている。ここで勝てば全部戻せる。負ければ、父が四十年守った輪転機まで奪われる。
十周目、蒼士は足を卓の裏へ入れなかった。
王駒ではなく砂時計を横へ倒す。黒砂が卓上へ細い川のようにこぼれた。
「何をしている」
「勝てない盤で、勝ったふりをするのをやめる」
規約上、用具を壊した時点で即時敗北。担保移転の電子通知が届く。蒼士は署名し、父の印刷所を失った。
午前一時五分。時計は六分へ進んだ。
ディーラーが欠けた王駒を拾う。蒼士は手を伸ばさず、黒砂の中へ自分の会員証を埋めた。王になれなかった駒より、倒した砂時計のほうが、ずっと正しい形に見えた。