祖母の餌皿
祖母が施設へ入ることになり、遼子は猫の「鈴蘭」を引き取った。
十五歳の老猫は、新しい家の押入れから出てこない。餌を置いても、遼子が見ている間は食べなかった。
祖母の家で使っていた陶器の餌皿は、縁が欠けていた。危ないから新しいものへ替えたが、鈴蘭は水しか飲まない。
三日目、遼子は古い皿を新聞紙から出した。欠けた部分を外側へ向け、柔らかい餌を載せる。
鈴蘭は押入れから鼻を出した。皿を長く嗅ぎ、ようやく少し食べた。
陶器には洗っても取れない魚の匂いと、祖母の台所の匂いが残っているらしい。
週末、遼子は鈴蘭を連れて施設へ行った。面会室で祖母の膝へ載せると、猫は前脚を折り、すぐに目を閉じた。
「この子、皿を替えると食べないの」
遼子が言うと、祖母は笑った。
「私も茶碗が変わると、ご飯の味が違うよ」
帰宅後、遼子は古い皿の欠けを食品用の補修材で滑らかにした。色は合わず、白い縁に金色の線が残った。
鈴蘭は翌朝も同じ皿から食べた。食後、窓辺へ移り、初めて腹を見せて眠った。
遼子は新しい皿を水用にした。古いものも、いつかは使えなくなるだろう。けれど今は、金色の継ぎ目へ朝日が当たり、祖母の家から持ってきた時間を温めている。
鈴蘭の口元からは魚の匂いがし、背中には面会室で祖母が使った石鹸の香りがかすかに残っていた。
施設へ行くたび、祖母は鈴蘭の皿について訊いた。遼子は金色の継ぎ目の写真を見せる。祖母は「私の茶碗も直せるかね」と笑った。次の面会には、長年使った湯呑みを持っていく約束をした。家へ戻ると、鈴蘭は餌皿の前で待っていた。食べ終えたあとも皿へ頬を寄せ、しばらく動かない。陶器は冷たいはずなのに、金色の線へ触れると少しぬるかった。猫の舌と朝日が、古い欠けを毎日新しく温めていた。
遼子は鈴蘭の隣で、自分の朝食を同じ時刻に食べるようになった。皿の触れ合う音が二つ響く。祖母のいない台所にも、食事を待つ気配が戻ってきた。