祝い箸は一膳ずつ
元日の食卓で、父は金色と銀色の箸袋を並べた。
金には「沙羅」、銀には「円佳」と、母の字で書いてある。
「金は先にお嫁に行くほうだって」
父が笑う。
「今年こそ決着がつくかな」
姉の沙羅は三十一、妹の円佳は二十七。二人とも結婚の予定はない。それでも正月になると、父は仕事、貯金、恋人の有無を競馬の予想のように並べた。
去年は円佳が転職したので沙羅が一歩リード。一昨年は沙羅が同棲を解消して円佳が逆転。母は「どちらが先でも嬉しい」と言いながら、箸袋の色を変えた。
円佳が銀の箸を抜いた。
「これ、去年も私が銀だった?」
「覚えてない」
「私は覚えてる。『二番手の銀』ってお父さんが言った」
父は笑い声を大きくした。
「冗談も通じないのか」
沙羅は黒豆を一粒つまみ、口へ運ばずに戻した。
冗談と言われるたび、自分が気にしすぎる側へ置かれる。黙れば円佳に勝ち、かばえば負け惜しみと言われた。
「決着、つけようか」
沙羅が言うと、父が身を乗り出した。
円佳は眉を寄せたまま、姉を見る。
沙羅は金色の箸袋を縦に裂いた。円佳も少し遅れて、銀色を裂く。
中の祝い箸はどちらも同じ白木だった。
「今年から、順位のつく箸は使わない」
「縁起物を破くなんて」
母が声を上げる。
「縁起じゃなくて、名前の書き方の話」
円佳は台所から無地の箸を二膳持ってきた。
「お母さんとお父さんにも、次から恋人のことは答えない。結婚が決まったら本人が言う」
「姉妹で口裏を合わせるのか」
「合わせないよ」
沙羅は新しい箸を受け取った。
「円佳が何を話すかは円佳が決める。私も私で決める」
父は「家族なのに秘密ばかりだ」と不機嫌に雑煮をすすった。
母は破れた箸袋を集めようとする。
沙羅は自分の金色だけを押さえた。
「これは私が捨てる」
円佳も銀色をポケットへ入れた。
帰り際、玄関で円佳が小声で聞いた。
「本当に何もないの?」
「何が?」
「結婚」
沙羅は一瞬だけ円佳を見て、二人で吹き出した。
「聞かない約束、もう破る?」
「ごめん。今のなし」
外は白く晴れていた。
姉妹は別々の方向へ帰るため、門の前で手を振った。ポケットの中では、金と銀がもう隣り合っていなかった。