祝福を拒んだ右手
深町恭平が召喚されたとき、勇者たちは順番に神の祝福を受けていた。
白い光が額へ降りるたび、《炎の加護》《不死の加護》と歓声が上がる。最後に恭平が祭壇へ立つと、鑑定聖杯の水は透明なままだった。
「魔力ゼロ。神にさえ見放された空の器だ」
大司教はそう告げ、祝福ではなく灰色の烙印を用意した。
《服従の加護》と呼ばれているが、見れば分かる。勇者を王国へ縛る奴隷契約だ。先に祝福を受けた者たちも、命令に逆らえないことを知らされていない。
恭平の右手には、一つだけ文字が浮かんでいた。
《絶対無効》
指定した現象ひとつを、世界から一度だけ無効にする。
大司教が杖を上げる。
「働けぬなら、せめて盾として神命に従え」
灰色の光が恭平の額へ落ちる。衛兵が両腕を押さえた。避けられない。
恭平は右手を光へ向けた。
「祝福って名前なら、断れないと思ったんですか」
彼が一度だけ選んだ対象は、目の前の烙印ではなかった。
この世界に存在する、意思を奪うすべての神聖契約。
《絶対無効》
音のない衝撃が礼拝堂を通り抜けた。
恭平の前で灰色の光が砕ける。同時に、先に召喚された勇者たちの額から金色の紋章が剥がれ落ちた。騎士たちの首輪、侍女たちの腕輪、王の胸元に隠されていた誓約印まで、次々と砂になる。
大司教の背後に立つ神像が目を開いた。
その瞳から警告の雷が落ちる。しかし雷は恭平の頭上でただの光へ戻り、天窓から朝日に混じって消えた。神像の右腕に刻まれていた《絶対服従》の文字も崩れ、巨像そのものが膝から折れる。
誰かの命令を待っていた勇者たちが、初めて自分の意志で武器を取った。
玉座の王も立ち上がる。胸を押さえ、長い悪夢から覚めたように大司教を見た。
「近衛兵」
王の声は震えていたが、借り物ではなかった。
「その男を捕らえよ。これは、私自身の命令だ」
大司教が杖を振っても、もう誰も跪かない。
恭平の腕を押さえていた衛兵たちは手を離し、彼の前で姿勢を正した。
神に見放されたと笑われた男を、この場の全員が、神の命令から自分たちを解放した者として見つめていた。