神獣の足から棘を抜く

《もふもふ配信の愛莉に無名テイマーを混ぜるな》

《獄牙フェンリルは人間を見たら即死咆哮だぞ》

《懐かせ演出なら炎上する》

人気ペット配信者・大空愛莉の前で、獄牙フェンリルが鎖を引きちぎった。愛莉の相棒である白狼たちも、耳を伏せて動けない。巨大な牙の間から黒い火が漏れ、岩壁が呼吸だけで溶けていく。

無名テイマーの尾上澪は、空の両手を見せた。

「愛莉さん、右から話しかけ続けてください」

「何を言えば?」

「いつもの配信みたいに。今日食べたものでも」

愛莉は震える声で、朝食の卵焼きの話を始めた。フェンリルの左前足が、わずかに浮いている。

《右耳だけ愛莉の声を追ってる》

《左側へ近づくな、死角に入った瞬間噛まれる》

《澪、素手で足元まで行ったぞ》

愛莉は卵焼きの甘さ、白狼たちが盗み食いしたこと、帰ったら皆で昼寝をすることまで話した。戦闘中とは思えない声に、フェンリルの右耳が少しずつ下がる。黒炎が膨らむ直前、澪は左前足の毛へ手を差し入れ、一度だけ引いた。

掌には、親指ほどの赤い棘が載っていた。

フェンリルの咆哮は、長い息へ変わる。黒炎が消え、巨体が崩れるように伏せた。澪が離れようとすると、大きな鼻先が背中を押し、愛莉の隣へ座らせる。

「これ、呪具……?」

「服従棘です。痛むたび、人間への憎しみを増幅していた。懐いたんじゃありません。本来の気分に戻っただけです」

愛莉が手を伸ばすと、フェンリルは白狼たちごと腹の毛へ抱え込んだ。澪の膝にも、重い顎が落ちる。

《棘の術式、旧違法テイマー組合の刻印と一致》

《攻撃も命令も一回もなし。愛莉の声で注意を引き、澪が原因だけ抜いた》

《“誰にも懐かない神獣”じゃなく、“誰にも痛みを見つけてもらえなかった神獣”か》

愛莉は涙を拭かず、澪の手をカメラへ映した。

「次から先生って呼ぶ。動物を従わせるんじゃなく、嫌がってるものを見つける先生」

配信タイトルの横へ金色の印が追加された。

【迷宮生態局公式認定:獄牙フェンリル保護成功/保護責任者 尾上澪・大空愛莉】