税吏が釣った一尺の鯉
王都で三十年、他人の畑を数字に変えてきたミハイルは、不正告発の褒美として辺境へ飛ばされた。
彼に与えられた土地には、泥の池と崩れた税倉があった。台帳には「生産価値なし」と一行だけ書かれている。
初日、ミハイルは池の周囲を歩いた。水深、風向き、葦の密度。癖で数字を数え始め、途中で苦笑する。もう報告書を作る必要はない。それでも観察したものが嘘をつかないのは、数字のよいところだった。
池の東側だけ、朝から三度、水面に丸い波紋が出た。葦の揺れ方も、泥の濁り方も、ほかの場所と違う。帳簿の桁外れを見つけたときと同じ感覚が、久しぶりに胸を弾ませた。今度は誰かを告発するためではなく、自分の夕食を見つけるための違和感だった。
ミハイルは税倉の竹札を一本抜き、竿にした。徴税額を書いていた墨を削り落とし、先へ糸を結ぶ。浮きには小さな刻みを三本入れた。沈み方を見れば、餌をつつくだけか、食い込んだか分かる。
一度目、一刻待って餌だけ失った。二度目、浮きが一本目まで沈んだところで引き、早すぎた。三度目、三本の刻みがすべて水中へ消えるまで待った。
竿が重く曲がった。
泥を巻き上げて現れたのは、一尺を越える鯉だった。王都の帳簿なら重さも価格も記録しただろう。ミハイルは魚籠へ入れる前に、ただ「一匹」と声に出した。それで足りた。
夕方、鯉の切り身を根菜と煮る。味噌豆を溶くと泥臭さは消え、濃い湯気が税倉の梁へ昇った。残りの身は薄く塩を振って鉄板へ載せる。脂がじゅうと鳴るたび、空っぽの倉が少しずつ家らしくなる。
王都財務院から来た役人は、復職辞令を広げた。ミハイルの後任が横領し、帳簿を読める者がいないという。
「年俸は以前の倍です」
ミハイルは返事の代わりに、竹札で作った竿を壁へ掛けた。復職辞令は見ず、椀の鯉を一口すする。
「この池の評価を訂正しておけ」
役人が筆を構える。
「生産価値なし、ではなく?」
ミハイルは湯気の向こうで笑った。
「本日の収穫、一匹。所有者の満足、計測不能だ」
帳簿へ書けない豊かさを、彼は初めて自分のものにした。