空き地の子犬を抱く
七歳の佳澄がランドセルを背負ったまま立っていたのは、神社裏の空き地だった。
段ボール箱の中で、泥だらけの黒い子犬が震えている。首には古びた鈴。
伯母の章江が、前の人生と同じ顔で腕を引いた。
「触ったら病気になるよ。置いていきなさい」
前の佳澄は手を離した。
翌日、箱は空になっていた。伯母は「保健所が連れていった」と言ったが、十年後、伯母の屋敷で同じ鈴を見つけた。子犬は土地神の眷属で、拾った者に家の守護権を与える存在だった。伯母は佳澄の代わりに契約し、両親の遺した家も山も奪った。佳澄は「拾わなかった自分に権利はない」と追い出され、遠くの寮から山が伯母の観光地になるのを眺めるしかなかった。
黒い子犬が、また弱々しく鼻を鳴らす。
佳澄は伯母の手を振りほどいた。
「病気でも、私が病院へ連れていく」
「子供に何ができるの。お金もないでしょう」
「神社の宮司さんを呼べる」
未来で伯母の契約書を読んだ佳澄は、鈴の裏に家紋が刻まれていることを知っていた。泥を袖で拭うと、亡き母と同じ三枚葉の印が現れる。
伯母の顔が歪んだ。
「それはうちの犬よ。返しなさい」
さっきまで捨てろと言った人の声ではない。
佳澄は子犬を胸に抱き、神社の石段へ走った。伯母が追いつき、首輪へ手をかける。
その瞬間、子犬の鈴が澄んだ音を立てた。
小さかった身体が一息に膨らみ、漆黒の毛を持つ大きな狼へ変わる。けれど佳澄を乗せた背中だけは温かい。
伯母の指には、盗んだ守護印が黒い痣になって浮かんだ。
宮司が石段の上から降りてきて、狼の前に膝をつく。
「お帰りなさいませ、山守様」
前の人生では、同じ時刻に伯母から《土地管理権移譲》の書類へ拇印を押すよう迫られた。
佳澄のランドセルの端末が鳴る。
《守護契約を確認》
《家屋・山林の管理権を正統継承者へ返還》
狼は恐ろしい牙を伯母に向けたあと、佳澄の頬だけを一度舐めた。
宮司は初めて彼女を「預かり子」ではなく、本来の名で呼ぶ。
「佳澄様。あなたのお家へ、お供いたします」