空き瓶を水に変える
沙雪は防災用品をリスト化する。妹の寧々は、非常時こそ身軽なほうがいいと言う。二人で借りた築古の部屋には、押し入れの一角に沙雪の保存水が並び、寧々のライブグッズがその前に積まれていた。
夏の夜、短い地震があった。棚の上の空き瓶が一本落ち、床で割れた。寧々が集めていた限定ドリンクの瓶だった。
「だから高いところに置かないでって」
沙雪がほうきを取りに行くと、寧々は割れたラベルを拾おうとした。
「触らない」
「これ、もう売ってない」
「指が切れたらもっと面倒」
「面倒って言うな」
寧々にとって、瓶は思い出だ。沙雪にとって、空き瓶は落下物だ。分かり合えないまま、二人は破片を新聞紙に包んだ。
余震のニュースが流れた。断水の可能性は低いが、念のため水をためておくように、とアナウンサーが言う。沙雪は浴槽を洗いに向かった。寧々はしばらく割れた瓶を見ていたが、やがてキッチンの戸棚を開けた。
「これ、使える?」
寧々が出したのは、残っていた空き瓶だった。沙雪は容量を見た。三百ミリ。非常用には小さい。でも、洗えば水は入る。
「煮沸はしないと」
「する。やり方教えて」
「教えるっていうか、見て」
沙雪は鍋に瓶を沈め、寧々はラベルを丁寧にはがした。熱湯の中で、瓶はカタカタと鳴る。思い出がただの容器になる音にも聞こえたし、ただの容器が役に立つ音にも聞こえた。
夜中、二人は煮沸した瓶に水を入れた。沙雪は日付を書き、寧々は小さくライブの日のマークを描いた。用途は同じ、意味は違う。玄関の棚の一番下に、空き瓶だった水を二人で並べた。余震は来なかった。けれど床に何も置かないまま、二人は朝までソファで隣に座った。
翌朝、寧々はライブグッズの箱を一段下に移した。沙雪は保存水のリストから空き瓶の本数を別枠にした。優先順位はまだ違う。けれど、割れた瓶を包んだ新聞紙を捨てるとき、二人は袋の口を二重に結んだ。誰かの手を切らないために。
寧々は割れなかった瓶を眺めて、「まだ好き」と言った。沙雪は「好きなら低いところ」と返した。命令ではなく、置き場所の提案として。