空のハンガー六本
間宮つぐみが信弥の部屋へ行くと、クローゼットに空のハンガーが六本並んでいた。
「ここ、つぐみの分」
信弥は得意そうに言った。先週、同棲しようと提案され、今日は具体的な話をする日だった。
六本は、信弥なりの準備だった。つぐみのために場所を空け、色まで白で揃えてくれた。だから最初は、ありがとうと言った。
けれど部屋を見回すと、机は信弥のゲーム機で埋まり、洗面所の引き出しも、靴箱も、本棚も空いていない。つぐみが持ってこられるのは、六着の服と歯ブラシくらいだった。
「荷物、多いなら処分すればいいじゃん」
悪意なく言われた。つぐみは自分の部屋を思い浮かべた。祖母からもらった裁縫箱、途中まで集めた画集、床に置いた大きな鏡。どれも必需品ではない。二十九歳で同棲するなら、身軽になる機会だとも思える。
テーブルには二件のメッセージが表示されていた。一件は信弥から送られた引っ越し見積り。荷物量は「単身・小」。もう一件は不用品回収業者の予約案内だった。
つぐみは六本のハンガーを外し、床へ置いた。
「私がここへ入るんじゃなくて、二人で入れる部屋を探したい。あなたの物も、私の物も、同じだけ見直して」
信弥は困った顔をした。
「この部屋、気に入ってるし。家賃も安いよ」
「だったら、今は住まない」
つぐみは引っ越し見積りをキャンセルした。信弥がこの条件を面倒だと思い、提案そのものを撤回するかもしれない。
帰り際、六本のハンガーをクローゼットへ戻した。空いた場所を拒んだのではない。自分を六本ぶんに畳む未来を拒んだのだ。
駅まで歩くあいだ、つぐみは言い方がきつかったかもしれないと何度も考えた。六本を空けた信弥の気持ちは本物だ。だからこそ、その善意へ身体を小さくして収まることは、あとで彼を責める準備にもなる。自分の荷物の重さを、相手の狭さのせいにしないためにも断った。
その夜も、つぐみは自分の服を一着も捨てなかった。捨てるなら、誰かの部屋へ入るためではなく、自分で不要だと決めた日にしたかった。
それで一人の部屋へ帰ることになっても、その広さを自分で持つと決めた。