空挺船の甲板にて
空挺戦艦《ルーメン》が雲海竜オルディオンに追いつかれたとき、甲板に残っていたのは機関士ラザクだけだった。
退艦命令は三分前に出ている。だが彼は主機へ蒸気を送る最後の弁を、巨大なレンチで締め続けていた。弁を放せば、避難艇が射程外へ出る前に船が落ちる。
上空の竜騎将ヴェスカが拡声魔法で告げる。
「機関士一人で英雄ごっこか。手を離せば命だけは拾わせてやる」
「この弁、途中で放すと締め直しなんですよ」
ラザクはレンチへ体重をかけたまま答えた。
オルディオンの通常炎が甲板を舐める。帆柱は炭になり、装甲板の鋲が飴のように流れた。ヴェスカは避難艇の数を数え、勝利報告を組み立てる。
その途中で、竜が炎を止めないことに気づいた。
オルディオンは焦っていた。獲物のいた一点だけ、炎の圧力が抜けない。焼き切るつもりで息を足しているのに、そこへ当たった熱だけが消えていく。
煙が船尾へ流れる。
ラザクは同じ姿勢で立っていた。両手はレンチ、右足は弁台、口には作業用の釘を一本くわえたまま。彼の周囲だけでなく、背後の主機管まで無傷だった。
「対竜装甲を人間に埋め込んだか」とヴェスカが呟く。
「装甲なら、今ので融けています」
ラザクは甲板に流れた金属を顎で示した。
ヴェスカの端末には、避難艇から届く生存信号が次々に点った。目の前の機関士は自分だけを守ったのではない。炎を受けながら、船の残り時間を一秒ずつ増やしていたのだ。
竜騎将は顔を歪める。
「恒星炉を開けろ。《蒼天灼流》だ!」
オルディオンの胸部装甲が展開し、青白い核が露出した。二撃目は炎というより、細く束ねた太陽だった。船体中央が光に沈み、雲海へ巨大な穴が穿たれる。
光が消えても、レンチの軋む音は続いていた。
ラザクは同じ角度で弁を締め、最後に金属音を一つ鳴らす。
「完了。これで避難艇は全員、国境を越えます」
船内の生体走査器が彼を捉え、防御推定を始めた。十桁、二十桁と表示を増やした末、計器は演算領域をすべて使い切る。
竜騎将の手元にある軍用端末も、同じ結論を表示した。
《対象防御値――測定不能》