紙吹雪の圧力
矢車綴が開演ボタンを押すと、天井から銀の紙吹雪が降った。
五年前の群衆事故で活動休止したアイドルグループの復活公演。最後に歌うのは、事故当夜も演奏していた明るい行進曲だ。ドラムに合わせて観客が一歩ずつ前へ進む振付で、当時は「一体感の象徴」と宣伝された。
綴は舞台監督だった。客席で七人が圧死したあとも、曲を止めなかった。その判断を今も夢で繰り返す。夢の中では、停止ボタンだけが紙吹雪に埋もれて見つからない。今夜も同じだった。
イントロの笛が鳴る。
「前へ、前へ」
AメロでLED床に花が咲く。だが中央だけ赤い。圧力センサーが過去データを読み込み、事故時の荷重を再現していた。キックが鳴るたび、赤い範囲が狭まり、濃くなる。
会場運営は、死亡者が柵を越えようとしたことが原因と発表した。綴も報告書へ署名した。けれどセンサー上の人波は、柵へ向かっていない。後方から一定の間隔で押されている。
サビでメンバーが笑顔を作る。
「前へ、前へ」
客席スピーカーから、当夜のスタッフ無線が混じった。
〈後方ゲートを開けました〉
〈まだ入れる。物販購入者を前へ流せ〉
〈中央が危険です〉
〈曲を止めるな。客を前へ流せ〉
会社は予定数を超えた限定品購入者を入場させ、退場口を物販列に転用していた。観客には後退する空間がなかった。綴が停止を求めた記録は削除され、無線の最後だけが彼女の命令として切り取られていた。
最後のサビ。綴は紙吹雪装置を止め、天井照明をすべて点けた。華やかな暗闇が消え、客席の床へ七人分の輪郭が白く映る。メンバーは歌を止めず、その輪郭の周りに立った。
最後の一音で、入場ゲートのログと役員の指示書がスクリーンへ送信された。復活公演を祝う拍手は起きない。代わりに、観客が一歩ずつ後ろへ下がり、七つの空間を開けた。
綴は無線マイクを外して言った。
「前へ、前へ」
未来へ進む応援歌ではなかった。売上のために逃げ道を奪い、人間を死へ押し込んだ運営命令だった。