終演後に届く退会届
〈退色クラブ〉の解散ライブでは、最後の一曲を聴くためにファンクラブアプリへの再ログインが必要だった。
ボーカルの柘植律花は、演出だと思っていた。画面に映る会員数は十二万。入会時に集めた年齢、住所、睡眠時間、失恋歴まで分析し、会社はファンが最も泣く音程を選んできた。律花たちの曲は、十二万人の弱い場所から作られていた。
新曲〈退会処理〉のイントロで、通知音が雨のように鳴る。
「忘れて」
律花が歌うと、客席の端末に思い出の写真が表示された。初ライブのチケット、誕生日メッセージ、深夜に送った相談。会社はそれらを「絆」と呼んだが、解散後も別の新人グループへ流用する予定だった。ファンの悲しみは、次のヒット曲を作る材料になる。
Aメロの途中、会員数が一人ずつ減り始めた。
十二万、十一万九千九百九十九、九百九十八。
舞台袖の責任者が青ざめる。アプリの再ログイン画面は、同意更新ではなく個人データ削除の最終確認だった。開発担当者が、解散発表と同時に密かに書き換えていたのだ。
「忘れて」
サビへ入ると、退会音がスネアの代わりに連打された。画面から写真が消え、相談文が消え、視聴履歴が消える。伴奏のコードまで次々に痩せていった。この曲自体が、会員データをリアルタイムで参照して生成されていたからだ。
責任者は演奏を止めろと叫ぶ。律花は歌い続けた。残った旋律は、彼女が十六歳のとき自室で録った、誰にも聞かせていない鼻歌だけだった。データを奪う会社と出会う前の、下手で小さな音。
最後の一音とともに会員数がゼロになる。
観客の端末へ退会完了証明が届き、会社の学習サーバーからも十二万人分の記録が一斉に消去された。責任者は「ファンなら思い出を残したいはずだ」と叫んだ。
律花は、誰の感情も測定しない静かな客席を見渡した。
「忘れて」
バンドのことを記憶から消してくれという別れではない。十二万人を商品として覚え続ける機械へ、今すぐ彼らを忘れろと命じる最後の歌だった。