終点のない模型

霞沢郁は、鉄道研究会の部室を一周する模型列車に電気を流した。古い通勤電車が、机と本棚の間をゆっくり走る。今日、廃部届を出せば、線路も駅舎も廃棄される。

「最後くらい、終点まで走らせよう」

三田村梓馬がポイントを切り替えた。

「このレイアウト、終点ないよ」と羽地琴葉が言う。「作る前に部費切られたから」

列車は円を描く。四年間、三人が遠征で乗った路線の切符が、壁に貼られていた。

梓馬は大手私鉄の運転士候補になる。

「夢、叶ったじゃん」

「配属はまだ。駅員から。運転席に座れるのは何年先か分からない」

琴葉は都市計画の大学院へ進む。廃線跡を公共空間に変える研究をする。

「鉄道を残すんじゃないの?」

「残せない時、何を残すか考える」

郁は出版社の営業職に就く。鉄道雑誌ではなく、教育書の担当だ。

「お前が一番、鉄道から遠いな」

「近すぎると、乗れないんだよ」

郁の父は鉄道員だった。家族旅行でも時刻表ばかり見ていた。郁は研究会で初めて、目的地のない列車に乗る楽しさを知った。それでも仕事には選ばなかった。

「解散したあと、この模型もらっていい?」と梓馬が聞く。

「社宅に入らないでしょ」

「じゃあ琴葉」

「研究室は模型禁止」

二人が郁を見る。

「俺の部屋、線路より本が多い」

誰も引き取れなかった。

模型列車が分岐器へ近づいた。梓馬は本線へ、琴葉は未完成の支線へ切り替えたいと言う。郁は電源を落とそうとした。

「最後まで多数決か」

「三人で偶数より面倒だな」

「じゃんけんにする?」

三人は手を出した。梓馬がグー、琴葉がチョキ、郁がパー。勝敗は一周して決まらない。

その間に列車は分岐へ入り、接触の悪いポイント上で止まった。車内灯だけが点いたまま、前にも後ろにも動かない。

「直す?」

梓馬の問いに、誰も答えなかった。

三人は廃部届へ署名し、鍵を机に置いた。消灯すると、列車の小さな窓だけが暗闇に浮かんだ。終点のない路線の途中で、乗客のいない車両が、別々の未来へ向かう三人を見送っていた。