終電の先まで
「家まで送るのは、友達の仕事」
飲み会の帰り、本郷慶太は月島蘭へいつもそう言った。
二人の最寄り駅は同じ路線だが、慶太の駅が三つ手前にある。それでも彼は蘭の駅まで乗り越し、改札から家の前まで歩き、終電後のタクシーで自宅へ戻っていた。
蘭が知ったのは、共通の友人が「毎回大変だな」と口を滑らせたからだ。
「次から一人で帰れるよ」
蘭が言っても、慶太は笑った。
「仕事を奪うなよ」
友達の仕事。そう呼ばれると、それ以上を期待した自分が恥ずかしくなった。蘭も彼の体調を気にし、好物を覚え、誕生日の零時に連絡する。それでも全部、友達の範囲なのだと思うことにした。
春の送別会で、慶太が隣県へ転勤すると聞いた。新居から蘭の家までは二時間近い。今夜が、最後の「仕事」になる。
電車へ乗ると、慶太はいつものように蘭の隣へ立った。窓に映る二人は恋人のように近いのに、降りる駅だけはいつも別だった。彼の駅が近づき、蘭は鞄の持ち手を握る。
「今日は降りて」
「最後だから送る」
「最後なら、私が送る」
扉が開いた瞬間、蘭は慶太の手をつかみ、ホームへ引いた。驚いた彼と一緒に電車を降りる。扉が閉まり、蘭の家へ向かう終電が走り去った。
「帰れなくなるぞ」
「タクシーで帰る。今まで慶太がしてたみたいに」
名前で呼ぶと、彼の表情が変わった。
蘭は駅前のベンチでスマホを開き、来月の金曜に新居近くの店を予約する。その次は自分の街、その次は中間地点。三件を共有予定へ入れ、件名を《送迎》ではなく《蘭と慶太》にした。
「転勤しても、仕事続ける?」
「友達の仕事なら、もう辞めたい」
慶太はそう言い、蘭がつかんだ手へ指を絡めた。タクシー乗り場へ歩き始めても、離さない。
蘭は運転手へ、まず慶太の新しい部屋を探す不動産店の近くまで行くよう頼んだ。明日は休日だ。朝まで開いている喫茶店で、物件情報を見ることにした。
家まで送るのは友達の仕事だった。
終電の先まで一緒に行くことを選んだ夜、その役目は、次に会う人の約束へ変わった。