給食室のワイン
廃校になった小学校は、週末だけレストランとして開いていた。十五年ぶりの同窓会の席で、亀井志津、神谷春樹、守屋直央は、元給食室の奥にある小さな作業台を囲んだ。
三人が注文した赤ワインは、アルマイトの給食カップに注がれた。春樹が香りを確かめ、「台無しだな」と笑う。
「昔は牛乳しか入ってなかった」と志津。
「直央は毎日残した」
直央は農協で乳牛の飼料を担当している。子どものころ牛乳が嫌いだった彼だけが、いま牛に一番近い仕事をしていた。
壁には、六年生の三人が書いた〈将来の店〉の絵が飾られていた。春樹が料理し、志津が献立を考え、直央が野菜を作る。店名は三人の頭文字を並べただけのものだった。
「来月、パリへ戻る」と春樹が言った。
東京のレストランを辞め、修業先だった店に雇われた。もう地元に戻って店を持つ気はない。
志津は病院の管理栄養士を辞め、この給食室を借りる予定だった。子ども食堂と高齢者向けの配食を、週四日だけ始める。
「じゃあ絵の半分は叶うじゃん」と春樹。
「半分もいらない。ここで作れる数だけでいい」
二人が直央を見る。彼はカップを両手で包んだ。
「うち、畑を売る。母の代で終わり。俺は酪農組合を辞めて、風力発電の保守に移る」
「野菜担当、消えたな」
「最初から、トマトも育てられなかった」
三人は笑った。けれど志津は、笑い終わる前に壁の絵を外した。油染みのついた画用紙の裏には、先生の字で〈三人ならきっとできる〉と書かれていた。
「持って帰る?」と直央。
志津は首を振る。「店に飾ると、三人を待ってるみたいになる」
春樹は給食カップを洗い、一つだけ伏せずに作業台へ置いた。欠けた縁から、水が細く流れた。
閉店後、三人は校門で別れた。春樹は空港へ向かう夜行バス、直央は風車の見える海岸道路、志津は給食室の鍵を受け取るため職員室へ戻った。
翌朝、作業台には空のカップが三つあった。二つは伏せられ、一つだけ口を上に向け、誰の分とも決まらない水滴を受けていた。