花冠熊には蜂蜜より先に手当てを

花祭りの行列が始まる直前、神殿の門を巨大な熊が突き破った。

背中には色とりどりの花が咲き、歩いた跡から蕾が開く。豊穣の聖獣、花冠熊だ。ところが熊は飾り台を薙ぎ倒し、前脚で何度も頭を掻いている。

「供物が足りず、お怒りになった!」

「蜂蜜樽を全部出せ!」

人々が逃げながら叫ぶ中、パン屋の娘ベッカは熊の額を見た。

祭司たちが飾った金の花冠が、片側だけ深く沈んでいる。豪華な造花の茎には細い棘があり、熊が掻くたび耳の後ろから血が滲んでいた。

「蜂蜜じゃない。冠を外してほしいんだよ」

ベッカは朝一番の丸パンを一つ持ち、門の内側へ入った。

花冠熊が立ち上がる。見上げるほどの巨体に、彼女の足は震えた。それでもパンを地面へ置き、両手を頭の横へ運んでから、ゆっくり外す仕草をする。

「痛いの、取っていい?」

熊は鼻を鳴らし、地響きとともに四つ足へ戻った。

ベッカが横から近づくと、花冠の金具が毛へ絡み、棘が三本皮膚に刺さっているのが分かった。無理に持ち上げれば毛を引く。厨房から持ってきた油を金具へ垂らし、一本ずつ絡まりをほどいた。

最後の棘を抜いた瞬間、熊が大きく唸った。

兵士が槍を構えたが、ベッカは手を上げて止める。怒ったのではない。ずっと我慢していた息を吐いたのだ。

傷を清水で洗い、小麦粉袋を縛る柔らかな麻布で巻いた。

それから丸パンを割り、蜂蜜をほんの少し塗る。花冠熊は両前脚でパンを器用に挟み、むしゃむしゃ食べた。もう一個、とでも言うように黒い鼻を近づける。

祭司長が壊れた門から現れた。

「手当ては済んだな。では新しい冠を――」

花冠熊は祭司長の持つ冠だけを前脚で踏み潰した。

次いでベッカの前へ座り、どすん、と頭を彼女の腿へ置く。額の花模様が金色に光り、ベッカのエプロン越しに同じ印が浮かんだ。

「契約者には、毎日蜂蜜パンを供えよ」と祭司長が慌てて言う。

ベッカは熊の耳を撫でながら笑った。

「甘いものは一日一個。傷が治ってからね」

花冠熊は不満そうに鼻を鳴らしたが、頭を退けなかった。

花の香りがする茶色い毛は、焼き上がる直前のパン生地のようにふかふかで熱い。両腿が潰れそうな重さまで、ベッカには丸ごと信頼の量に思えた。