茶碗蒸しの小さな穴

上條玲子は、茶碗蒸しの表面に穴が開くのが嫌いだった。

火が強いと、すが入る。分かっているのに、急いでいる日は必ず失敗した。入院前夜の今日も、台所の時計ばかり見ている。

明日は午前九時に病棟へ入る。治療は数か月続く予定で、その先は薬の効き方次第だ。婚約者は入院用品を車へ運び、玲子は二つの蓋つき椀を食卓へ並べた。

「外で食べてもよかったのに」

「冷蔵庫に卵が二個あるから」

本当は、祖母からもらった椀を一度使っておきたかった。結婚したら使うつもりで、箱に入れたまま三年経っていた。

卵を溶き、冷ましただしを加える。ざるを通すと、透明な筋がボウルへ落ちた。鶏肉、銀杏、かまぼこを入れる。婚約者の椀からだけ椎茸を抜き、自分のほうへ移した。

蒸し器の湯が強く沸いている。玲子は火を弱め、蓋の間に菜箸を一本挟んだ。それでも待つ十数分が長い。車の鍵が食卓に置かれる音、病院へ持っていく充電器を探す音が背中で続いた。

竹串を刺す。澄んだ汁が上がったので火を止める。二人で蓋を開けると、玲子の椀の中央に小さな穴が三つあった。婚約者の表面はなめらかだった。

「交換する?」

「椎茸が入ってるから無理」

玲子は穴のあるほうを食べた。だしは薄く、銀杏は少し硬い。婚約者は底の鶏肉まで箸で拾い、空の椀を蓋で隠した。

食後、玲子は二つを手洗いした。金の縁を布巾で拭き、箱へ戻そうとしてやめる。食器棚のいちばん手前に並べ、蓋をそれぞれ正しい向きに載せた。

婚約者は椀の箱を捨てるか尋ねた。玲子は少し考え、箱だけ畳んだ。金の縁が欠けないよう包んでしまうより、日常の皿と同じ棚に置くほうがよかった。布巾で蓋の裏の水滴を拭くと、祖母の家の古い食器棚の匂いがした。婚約者は椎茸の入っていなかった自分の椀を見分けられず、玲子が右側だと教えた。その位置も、次に使うときまで残るとは限らなかった。

食器棚の扉を閉じる前、玲子は二つの椀の間隔を指一本ぶんだけ空けた。触れ合って傷つかない距離だった。

三つの穴は、洗えば跡も残らなかった。