落下中継は一蹴で終わる

《スマホ落として配信ボタン押した? 画面が回り続けてる》

《ここ千メートル縦穴だろ。玖珂渚、生身で落下中?》

《翼も転移石もなし。助かる映像を後から繋ぐ気だな》

 玖珂渚の端末は、手から滑った瞬間に生配信を始めた。

 天地を失った映像の端で、渚自身も奈落へ落ちている。その下には、縦穴の主《墜天鷲》が翼を畳み、獲物より先に底へ着こうと加速していた。

 穴の底では避難中の作業員二十人が、壊れた昇降籠の上に固まっている。渚がそのまま落ちれば直撃する。墜天鷲を避けても、衝撃波だけで籠は砕ける。

 端末は渚より少し先を落ち、上向きのカメラで彼女と鷲を同じ画面に収めていた。編集なら隠せるはずの高度計、気圧計、三か所の監視灯が、ばらばらの角度で同じ落下を示す。疑っていた視聴者ほど、数字から目を離せなくなった。

《落下速度、渚が時速四百二十キロ》

《墜天鷲は五百を越えた》

《底まで三秒。もう減速距離がない》

 渚は空中で身体を丸めた。

 逃げるためではない。下から追い越してきた墜天鷲の額へ、靴底を合わせるためだった。

「速いほうが、よく止まる」

 彼女は一度だけ蹴った。

 渚の身体が空中で静止した。

 代わりに墜天鷲が二倍の速度で落ち、誰もいない縦穴の側坑へ突き刺さる。衝撃は横へ抜け、昇降籠の上には小石一つ落ちなかった。渚は羽根のような速度で残り十メートルを降り、作業員たちの中央へ両足で着地した。

《速度が移った!?》

《計測班:蹴る直前の二物体の運動量合計と一致》

《固有技能《一蹴交換》、接触した相手と速度を丸ごと交換する》

《本人は停止、ボスだけ時速九百二十キロ。討伐判定!》

 床へ落ちた端末を渚が拾う。額に風で乱れた髪が張りついていた。

「勝手に配信するなら、せめて手ぶれ補正を入れてほしいな」

《補正できる揺れじゃない》

《落下事故を世界記録に変えた》

《一回蹴られたいとは絶対に言えない》

作業員たちは崩れなかった籠の上で、渚の着地跡を囲んだ。穴へ先に飛び込んだ彼女を無謀と罵った責任者が、今度は救助報告の最上段へ名を書く。

《側坑の討伐核を回収。墜天鷲本人で確定》

《速度交換は一回、追加装備なし》

 渚は称賛より、落とした端末の修理保証が効くかを気にした。

 迷宮競技連盟の記録表示が更新される。

【無装備垂直降下・生存記録:一〇二八メートル】

 注釈には、さらに一行が付いた。

【同時災害級討伐を含む】