蓋のない瓶が毒をしまう
祝勝会の最中、宴会場の扉がすべて閉じた。
床下から薄紫の霧が噴き出し、百人の客が一斉に咳き込む。王を狙った無色毒へ、暗殺者がわざと色を付けたのだ。色の薄い場所へ逃げても、毒そのものは既に部屋中へ広がっている。窓には封鎖術、扉には触れれば爆ぜる印。解毒薬は一人分しかなかった。
給仕兼見習い錬金術師のペルネは、厨房で倒した毒壺スライムの報酬を一度だけ開封した。
転がり出たのは、親指ほどのガラス瓶。ひびはないが、蓋も栓もない。
【N:蓋のない空き瓶】
【その場に余計なものを入れられます】
宮廷錬金術師は「密閉できない容器に毒を入れてどうする」と笑った直後、膝をついた。
ペルネは瓶を宴会場の中央へ置く。
問題は、毒をどう吸うかではない。この場で余計なものが何かを、瓶に間違えさせないことだ。料理も香水も、人の吐く息も、王を守る結界も、なくなれば困る。
彼女は床へ指をつき、はっきり告げた。
「この部屋にいてはいけないものは、殺すために混ぜられた毒だけです」
瓶の口が、こくりとうなずくように光った。
紫の霧が細い糸へほどける。卓上の杯、客の肺、衣服の繊維、床板の隙間から、毒だけが引き出されて瓶へ流れ込んだ。色づけに使われた安全な花粉は空中へ残り、淡い紫の雪のように落ちる。
瓶は満ちても溢れない。蓋がなくても、一滴も戻らない。
最後に、王の指輪の宝石から黒い滴が抜けた。暗殺者が仕込んだ第二の毒だった。指輪を贈った大臣の顔色が変わり、衛兵が無言で両脇を固める。
隅に潜んでいた暗殺者が、証拠を消そうと自分の奥歯の毒を噛んだ。その毒さえ喉から糸状に抜かれ、瓶へ収まる。死んで逃げることもできず、男は衛兵の前へ崩れ落ちた。
ペルネは瓶の口へ布をかぶせなかった。蓋が必要ないほど完全に、「入れたもの」と「外」を分けている。
客たちは咳をやめた。王は一人分の解毒薬を、最も症状の重かった給仕へ渡した。
ペルネが瓶を持ち上げると、透明だった底に夜空のような紋章が浮かぶ。
【指定領域から有害意図を持つ物質のみ完全隔離】
【隠匿等級を解除――神話級EX《世界の余分をしまう瓶》、初回収容成功】