薬局までの七分
巴は薬を飲む前に説明書を三度読む。小春は頭痛くらいなら熱い風呂で治す。
「身体は案外、自分で戻るよ」
小春がそう言うたび、巴は「戻らないときのために薬がある」と返した。
夜十一時、隣室の大学生がドアをたたいた。顔色が悪く、薄い上着の前を握っている。
「妊娠検査薬、持ってませんか」
名前しか知らない相手だった。小春は一瞬、家族か恋人に相談したほうがいいのではと思った。巴は洗面台の棚を探し、期限の切れた箱を見つける。
大学生は「誰にも知られたくない」と言った。小春には、隠したまま一人で抱えるほうが危うく見えた。巴には、誰へ話すかを本人より先に決めるほうが危うく見えた。
「これは使わないほうがいい」
「明日の朝まで待ちます」
大学生は帰ろうとした。巴は二十四時間営業の薬局を検索した。徒歩七分。小春は雨の音を聞き、傘を三本出した。
「一人で行けます」と大学生が言う。
「私たちも歯磨き粉を買うから」
小春は嘘をついた。歯磨き粉は昨日開けたばかりだった。
三人で外へ出る。巴は薬局までの道を画面で確認し、小春は歩幅を落とす。大学生が理由を話し始めても、二人は質問を挟まなかった。
薬局の棚の前で、巴は説明書きを読み比べた。検査できる時期の表示を本人と一緒に確かめ、判断がつかなければ医療機関へ相談できることも伝えた。小春は商品を選ぶ目つきが冷たく見えるのではと心配し、代わりに水と小さなタオルをかごへ入れた。
「自分で払います」
大学生が言う。巴はうなずき、レジでは少し離れた。小春も口を出さなかった。助けることと、代わりに決めることは違う。
帰り道、雨は弱くなった。大学生は結果が出るまで部屋に一人でいたくないと言った。
巴は、正確な手順を伝えるべきだと思った。小春は、何も聞かず隣にいるほうがいいと思った。二人は互いの考えを採用しなかった。
部屋へ戻ると、巴は時計を机に置き、小春は温かい湯を沸かした。大学生が洗面所へ入る。二人は結果を予想する言葉を口にせず、明日の予定も勝手に決めなかった。
扉の外の床に、巴と小春は同時に腰を下ろした。