藁火の向こうの秋

黒瀬直央は、旧友からの誘いを三日間、未読のままにしていた。

大学時代、同じ写真部だった友人は、今や映像会社の代表で、雑誌にも載っている。土曜に仲間が集まるから来ないか、という通知が画面に残っていた。

直央は写真館のアシスタントを辞め、今は通販倉庫で働いている。カメラは押し入れの奥だ。会えば、近況を聞かれる。「まだ撮ってる?」の一言に、うまく笑える気がしなかった。

九月の夜、彼は駅前の居酒屋へ入った。客は一人。店主が「戻り鰹、今日からです」と言い、藁へ火をつけた。

ぼうっ、と高い炎が上がった。乾いた藁の香りが一瞬で店を満たし、鰹の表面から脂が弾ける。厚く切られた身は外側だけ茶色く、中心には冷たい赤が残っていた。

直央は塩をつけて食べた。焦げた煙の味のすぐ下から、ねっとりした脂と冷たい身が現れる。

「中まで焼かないんですね」

「焼いたところと、生のところ、両方あるほうがいいので」

店主は火の消えた藁を片づけた。

直央は未読の通知を開いた。友人の文章は、成功を見せつけるようなものではなかった。〈久しぶりに、お前が撮った変な空の写真を思い出した〉と続いている。

何をしているか説明する長文を考えた。辞めた理由、生活費、撮れなくなったこと。けれど、それらを整えてから会おうとすれば、次の土曜も、その次も来ない。

直央は二文字ずつ打った。

〈行く。場所送って〉

送信すると、ほとんど同時に既読がついた。返事が来る前に画面を伏せる。

会えば惨めになるかもしれない。写真を再開できるとも限らない。土曜の自分が何を話すか、直央にはまだ分からなかった。

返信には、店の地図と『カメラ持ってこなくてもいい』の一文があった。直央は押し入れを開ける約束まではしなかった。ただ、土曜の勤務交代を頼むメッセージだけを先に送った。

最後の鰹を噛む。表面には藁火の温かい煙があり、中心には秋の夜のような冷たさがあった。その二つが口の中でほどけるまで、彼はスマートフォンを裏返したままにした。