表紙だけの魔導書

ヴァジルネは、魔導書の文章を書かなかった。

有名な術師が頁へ呪文を記し、絵師が豪華な挿絵を描く。彼女は最後に糸を通し、革表紙で綴じるだけ。書店の売上札は著者へ集中し、寄与は6%とされた。編集長は綴じ台を見下ろした。

「表紙職人が術師より取り分を求めるな」

ヴァジルネは針を止めた。彼女の綴じ糸は、頁ごとに異なる魔力の流れを背へ逃がす。表紙の金具は余った魔力を吸い、読者の手へ逆流させない。呪文が安全に発動するのは、文章だけでなく綴じ方が整っているからだった。

編集長は大量生産の糊綴じへ変えた。見た目は美しく、刊行も早い。発売日は大盛況だった。ところが読者が頁を開くと、隣り合う呪文が干渉し、火術から水が噴き、治癒術で髪が燃えた。返品の山が書店の扉を塞いだ。

著者たちは激怒したが、ヴァジルネを責めなかった。老術師が糊綴じ本を裂き、背のない頁を編集長へ投げる。

「私の呪文を本にしていたのは、あの綴じ手だ」

書庫の《知識価値索引》が勝手に開いた。文字を書いた者だけでなく、読める形、安全な形、再び買われる形へ整えた者を算定する索引だった。著者名から溢れた光が頁を抜け、消えた綴じ糸へ絡みつく。

編集長は表紙を抱えて叫んだ。

「客は著者名で買った!」

索引は頁をめくり、冷静に記した。

《著者名で手に取り、綴じ手の仕事で次巻を買った》

書店の外には、旧版を抱えた読者が並んでいた。著者も内容も違うのに、背には同じ細い糸目がある。安全に使えた本を開くたび、索引はヴァジルネの綴じ印を光らせた。読者が求めたのは返金ではなく、次に買う本にも同じ印を付ける保証だった。編集長の豪華な帯紙には、誰も目を向けない。

ヴァジルネは戻ると、編集長席へ糊綴じの失敗作を積んだ。その上に新しい出版規格を置き、著者たちへ安全検査への署名を求めた。全員が迷わず針印を押した。

返品に来た読者たちは、ヴァジルネが綴じた旧版だけを胸に抱えていた。頁を何度開いても呪文が混ざらず、子どもへ渡しても安全だったという。著者たちは次の原稿を編集長ではなく彼女の机へ置き、綴じ方に合わせて頁順を変えてもよいと署名した。編集長が著者名の力を主張すると、老術師は「名を傷つけたのは粗い刊行だ」と背を向ける。ヴァジルネは豪華な表紙職人も絵師も残したが、安全検査を通らない本には飾りを付けさせなかった。編集長は返品本の糊を剥がし、綴じ糸の意味を学ぶ作業へ回された。

《真価確定:ヴァジルネ 実売上寄与94%》

《売上順位:末席→首位/役職:表紙綴じ係→魔導出版総監》