袖を通す午後
成人式の写真を撮るため、祖母は古い振袖を出した。
孫娘は着たくなかった。
重いし、目立つし、家族から「若いんだから笑って」と言われるのが嫌だった。
「一度だけ袖を通して」
祖母が右袖を広げ、孫娘が左袖へ腕を入れた。
二人が同じ振袖へ同時に袖を通した瞬間、魂が入れ替わった。
帯をほどくまで元には戻らない。
孫娘は祖母の体で腰を押さえた。
立っているだけで膝が震え、指は思うように帯を結べない。
家族は祖母の話を最後まで聞かず、
「座ってて」
「分からないなら任せて」
と先回りした。
孫娘は、祖母が頑固なのではなく、何でも決められる人から、何も任されない人へ急に変わった悔しさを知った。
祖母は孫娘の体で鏡を見た。
若い肌を羨ましいと思うより先に、肩が固く、息が浅いことへ気づいた。
スマートフォンには、昔投稿した写真への言葉が残っていた。
「太った?」
「もっと笑えばかわいい」
家族の軽い一言と同じ種類の視線が、毎日鏡の中へ付いてくる。
撮影が始まった。
カメラマンが、
「お孫さん、もう少し笑って」
と祖母の入った体へ言う。
祖母は笑わず、
「今日は笑わない顔も撮ってください」
と頼んだ。
家族が困る。
孫娘は祖母の体で、
「本人がそう言ってるんだから」
と続けた。
撮影後、二人は座敷で帯をほどかなかった。
もう少し話したかった。
祖母は、若い頃に洋服の仕立てを学びたかったことを話した。
家の都合で諦め、振袖も「喜ぶべき物」として着た。
だから孫には、自分ができなかった分まで晴れ姿を残してほしかったという。
「それ、私のためじゃなくて、おばあちゃんの続きだよ」
孫娘が言う。
祖母はすぐ反論せず、
「そうだね」
と認めた。
孫娘も、振袖が嫌いなのではなく、自分の顔を皆の期待どおりに飾られるのが嫌だと話した。
二人は帯をほどき、元へ戻った。
写真は二種類撮り直した。
振袖で笑わない一枚。
祖母が仕立てかけた洋服を孫娘が羽織り、二人で笑った一枚。
振袖は家宝としてしまわず、希望する人へ貸すことにした。
着る人には必ず尋ねる。
「どんな顔で写りたいですか」
相手の体へ入らなくても、その答えを待つことはできた。