被害者は許可しない
霜月兼人は毎朝七時、壁の端末に向かって「悪かった」と言う。すると死んだ友人・汐臣が、事故前と同じ顔で答えた。
『何に謝ってる?』
「お前を乗せて運転したこと」
『じゃあ、まだ分かってない』
飲酒事故で汐臣を死なせてから四年。兼人は刑務所の被害者対話プログラムを一日も休まなかった。仮釈放には、被害者のデジタル人格による許可が必要だった。遺族に判断を背負わせず、被害者自身の意思を尊重するための規則だ。
審査の日、妹の咲衣が出所門の外で、母の古い車に乗って待っていた。母の介護を一人で続け、ようやく兄を迎えられると手紙に書いていた。
審査官が汐臣へ尋ねる。
「霜月兼人さんの仮釈放を認めますか」
『認めません』
毎回同じ答えだった。
兼人はポケットから折れた紙を出した。事故前、汐臣が助手席で書いたメモだ。
《眠いなら代わる。無理すんな》
警察が返却した遺品に挟まっていた。兼人は酒を飲んでいなかった。過労で一瞬意識を失ったのだ。だが勤務先の違法残業を庇い、「飲んだ」と供述した。会社が遺族へ補償すると約束したからだ。
その会社はもう倒産し、補償も途絶えた。
「汐臣は俺を止めようとしてた。恨んでるだけじゃない」
審査官は紙を見たが、端末へ戻した。
「人格形成後に発見された資料は、死者の意思を改変する恐れがあるため追加できません」
汐臣の人格は、事故前一週間の通話を中心に作られていた。残業を断らない兼人へ、何度も怒っていた時期だ。
『お前はいつも、人の言うことを聞かない』
「その通りだ」
『また誰かを巻き込む』
咲衣から面会端末へ通知が入る。母が今朝、救急搬送されたという。
兼人は画面の友人に頭を下げた。
「今度は妹を一人にしたくない」
汐臣は少しだけ悲しそうに見えた。
『それも、自分で決めたことだろ』
《仮釈放不許可》
門の外の咲衣へ、迎え不要の通知が送られた。
端末が暗くなる直前、兼人は尋ねた。
「お前は、いつまで怒る?」
『生きてる限り』
死者はそう答えた。
その怒りには、寿命が設定されていなかった。