証人番号三十二
相楽史帆は、裁判所で人の言葉を記録する仕事をしていた。
法廷では証人の信用スコアが声の大きさに換算される。九百点の証言は明瞭に拡声され、三百点以下の声には雑音補正すらかからない。判事の画面には、発言ごとに《信頼度》が表示された。
市議会議員の車が少年をはねた事件で、唯一の目撃者は信用点百八十の清掃員だった。彼は「運転していたのは議員本人です」と何度も言った。だが傍聴席には、途切れた息と低い唸りしか届かなかった。
議員は九百六十五点。運転記録は秘書を示していた。AIは清掃員の証言を《虚偽の可能性八十二パーセント》と判定した。
史帆は速記端末で、一語も落とさず入力した。しかし保存時、低信頼発言は自動的に要約された。
《被告人を見たと主張するが、客観性に乏しい》
休廷中、史帆は清掃員の履歴を調べた。彼の点が低いのは、以前勤めた工場で安全装置の故障を告発し、操業を止めたからだった。虚偽ではなく、言いにくい真実を言った結果だった。
再開後、判事が記録を確認した。
「証人の発言は要旨のみでよい」
史帆は公式記録欄へ、清掃員の言葉を原文のまま戻した。そして自分の職員署名を添えた。高信用記録官の保証がついた瞬間、証言の信頼度は六十七パーセントまで上がった。
同時に、史帆には《不当な信用貸与》の警告が届いた。
裁判は再捜査となり、車内の未公開映像から議員本人の運転が確認された。だが史帆は記録官資格を失い、点も半分になった。
今、彼女は低信用区の小さな事務所で、役所や企業に届かなかった訴えを録音している。正式な証拠として採用されない仕事も多い。
それでも依頼人が「ちゃんと聞こえましたか」と尋ねるたび、史帆は端末を止めて答える。
「はい。番号ではなく、あなたの声として残しました」
法廷の中央からは遠ざかったが、彼女の人生には、それまで記録から消されていた人々の声が毎日届くようになった。
証言者の点が低いほど、史帆は録音機を少し近くへ置くようになった。