証言はプレミアム
相良佑真は毎朝、自転車便の出発前に《トゥルーログ》を緑色へ同期する。認証契約中の記憶だけが、法廷で事実として扱われる。人間の思い違いを排除するため、契約の切れた記憶は証言に使えない。それが裁判制度の規則だった。
佑真は配達員だから、会社が法人プランを払っていた。どの道を通り、荷物を誰へ渡したか。苦情が出ても、記憶を再生すれば一分で片づく。自分の目が公的な記録になることを、少し誇らしくさえ思っていた。
半年前、夜道で妹の香澄が車にはねられたときも、佑真はすぐ後ろを走っていた。黒い車、割れた左の尾灯、運転席の男の顔。全部が緑色で保存された。
香澄は命を取り留めたが、脚を動かせなくなった。容疑者は市議の息子だった。弁護側は、暗かった、佑真は妹を心配して混乱していた、と主張した。佑真は今日の証言で、認証記憶を再生する予定だった。昨夜も香澄と車の顔認証位置を確認し、「これで終わる」と約束した。
法廷へ入る直前、端末が震えた。
〈法人契約の対象から外れました〉
〈昨夜二十四時をもって認証を終了しています〉
会社へ電話すると、配達部門の経費削減で全員が無料プランへ変更されたという。通知は社内掲示に出した、と担当者は言った。
「でも事故の記憶は、契約中に保存したものです」
『保存時だけでなく、提出時にも契約が必要です。再加入はできますが、空白期間を含む記憶は再認証されません』
佑真は自分の貯金で最上位プランを契約した。表示は緑に戻った。だが事故の記憶だけに、灰色の帯が残った。
証言台で、検察官が事故の夜について尋ねた。
「黒い車でした。運転していたのは、そこにいる男です」
弁護人が立った。
「それは認証された記憶ですか」
裁判官の端末に、灰色の判定が表示された。
〈契約空白あり。主観的回想〉
傍聴席の香澄が、車椅子の上で兄を見た。佑真は男の顔を一度も忘れていない。忘れていないことを、証明できないだけだった。
裁判官は証言を記録から除外した。
その瞬間、被告席の男が初めて佑真を見て、確かに笑った。