読まれなかった恋文
王都文学サロンで、エルナの前にだけ香辛料を入れない葡萄酒が置かれていた。
他の杯には桂皮が浮いている。匂いだけで頭が重くなる彼女のため、王太子フェルディナンが別鍋で温めさせたものだ。
「冷めていないか」
「ちょうどいいです」
王太子は政務会議で発言を遮った大臣を即日更迭するほど冷たい。だがエルナが熱すぎる飲み物を猫舌で避けることまで覚えていた。
朗読会が進み、主催者の侯爵夫人が封筒を掲げた。
「今夜の余興は、若き詩人エルナ嬢が王太子殿下へ書いた恋文です!」
エルナの血の気が引く。机の引き出しへしまっていた未投函の手紙だった。
「どこで、それを」
「あなたの侍女が見つけました。未来の妃の初々しい告白として、皆さまもお聞きになりたいでしょう?」
笑いと拍手が起こる。エルナは立ち上がった。
「読みません。返してください」
侯爵夫人は封を切ろうとした。
「殿下ご本人の前ですよ。隠す必要など」
フェルディナンが手を差し出す。
「渡せ」
夫人は喜んで手紙を預けた。王太子が自ら読むと思ったのだろう。
だが彼は封を見たまま、エルナへ尋ねた。
「返すか。燃やすか。ここで封印するか」
「返してください」
フェルディナンは一度も開かず、彼女の手元へ置いた。
侯爵夫人が困惑する。
「殿下は内容を知りたくないのですか」
「知りたい」
王太子の即答に、エルナが顔を上げる。
「だが、知りたいことと読む権利があることは別だ」
主催者は笑って取り繕う。
「お二人の仲を後押ししただけです」
「彼女の私物を盗むことを後押しとは呼ばない」
フェルディナンは侍従へ命じ、手紙を持ち出した侍女と主催者の関与を調べさせた。
「サロンを続けるか」と彼がエルナに聞く。
「自分の作品を一篇だけ読みたいです。手紙ではなく」
「そうしろ」
舞台へ向かう彼女の道を空け、王太子は全客へ告げた。
エルナは手紙を胸元のポケットへしまった。フェルディナンは、いつか読ませてほしいとも言わない。
「私から渡したくなったら、渡します」
「その日が来なくても構わない」
彼は期待まで彼女の宿題にしなかった。
「余への好意が書かれていようと、拒絶が書かれていようと、封を開けるのはエルナだ。社交の楽しみを理由に、彼女の秘密を公開するな」