謝罪保管課の冷蔵庫
勤務中に言えなかった謝罪は、退勤前に謝罪保管課へ預ける。食べられる薄紙へ一文だけ書き、四つ折りにしてガラス瓶へ入れ、相手の名と日付を貼る。地下厨房の奥にある冷蔵庫へ置けば、三十日後に返却される。自分の瓶を開けてはならず、返却後は凍ったまま廃棄する。
ホテルの厨房では、新人も総料理長もその規則を守っていた。謝罪保管課の職員を見た者はいないが、冷蔵庫の棚は毎朝きれいに並び替えられていた。
塩谷は夜の宴会料理を担当していた。注文をさばくのが速く、皿を戻されることが嫌いだった。交際していたパティシエの朋花にも、仕事の遅さを何度も指摘した。彼女が作った砂糖菓子を「飾りに時間をかけすぎだ」と客前で外した夜、朋花は厨房を辞め、そのまま部屋からも出ていった。
塩谷は謝らなかった。謝れば、自分が間違っていたと確定する気がした。
半年後、ホテルで彼女の結婚披露宴が開かれることになった。新郎側が会場を選び、朋花は担当者名を見るまで塩谷がいると知らなかったらしい。厨房へ届いた指示書には、デザートの飾りとして白い砂糖の花を一輪とある。
披露宴前夜、塩谷は薄紙へ書いた。
〈君の花を外したのは、僕の皿よりきれいだったからです〉
瓶に入れ、朋花の名を貼った。三十日待てば式は終わっている。言わずに済む謝罪としては都合がよかった。
ところが翌朝、瓶は返却棚にあった。紙は透明な氷の中で開き、文字が外から読めた。ラベルには〈保管不能・相手が受領済み〉とある。
塩谷は規則どおり、瓶を開けず冷凍廃棄箱へ入れた。
披露宴当日、デザートの砂糖花が一輪足りなくなった。新人が落としたのだ。塩谷は代わりを作れなかった。仕方なく皿を出そうとすると、冷凍庫の奥に白い花があった。朋花が昔使っていた型と同じ、薄い花弁が十三枚。
保管課のものを料理に使ってはいけない。塩谷は触れず、花のない皿を運ばせた。
宴のあと、空の皿が一枚だけ厨房へ戻った。中央に砂糖花が置かれている。花弁は一枚も欠けず、裏側へ小さく〈食べなくていい〉と書かれていた。
塩谷が冷凍廃棄箱を開けると、瓶は消えていた。代わりに冷蔵庫の霜が人差し指ほどの匙になって、棚からぶら下がっている。
匙のくぼみには、溶けない透明な雫が一粒あり、舐めてもいないのに、口の中へ言い遅れた謝罪の塩味が広がった。