負けない審判
ザイ・ロレンは、決闘で勝ったことがない。
そもそも剣を抜かない。彼は審判台に立ち、危険な踏み込みがあれば笛を鳴らし、魔術の角度が観客へ向けば旗を上げる。
能力測定の表示は【攻撃力:0】だった。
剣術科のクレメンス・ハーグは、笛を指で弾いた。
「何も倒せない男が、俺の試合を止めるな」
公開測定で、クレメンスは妨害なしの決闘を要求した。相手は自動人形。学院長は許可し、ザイへ審判台から降りるよう命じた。
開始の鐘が鳴る。
クレメンスの剣は速かった。人形の腕を払い、胸へ突きを入れる。観客には完勝に見えた。
ザイだけが、割れた胸板の内側で回転する鏡片を見ていた。突きの衝撃が鏡片へ集まり、剣筋を反転して返す仕掛けだ。次の瞬間、見えない斬撃がクレメンスの首へ戻る。
ザイは笛を吹かなかった。もう審判ではないからだ。
代わりに審判台の旗を投げた。柄が鏡片へ挟まり、反射した斬撃は天井へ逸れた。遅れて落ちた髪の束を見て、クレメンスの顔から血の気が引く。
「見えていたのか」
ザイは答えず、壊れた人形の足元を指した。床には、反射軌道を示す薄い傷があった。彼は試合が始まる前から危険を読んでいた。
決闘盤の上に、過去の試合が薄い影となって現れた。ザイが早すぎると非難された笛の直後、もし続行していれば観客へ飛んだはずの火球。臆病だと笑われた中断の先で、折れた刃が相手の目へ入る軌道。彼が止めたため起きなかった事故ばかりだった。
起きなかった出来事は、これまで成績にならなかった。むしろ見せ場を奪ったとして、ザイの評価を下げていた。
クレメンスは床の髪を拾い、指を震わせる。
「俺が勝つのを邪魔していたんじゃ……」
「死なずに次も戦えるようにしていた」
ザイは短く答えた。
審判台から見えるのは、剣先だけではない。踏み込む足、観客の位置、結界の薄い場所、負けを認められない者の目。彼は勝者を選ぶ前に、死者を出さない道を選んでいた。
教師たちは、自分たちが安全だったからこそ彼を過剰反応と呼べたのだと悟った。
新式の決闘盤が、彼が止めてきた事故の軌道を重ねる。笛、旗、短い中断。そのすべてが、勝敗より先に命を守っていた。
【危機予測率:98%】
学院長は金の審判笛をザイへ渡し、クレメンスの腰から決闘許可札を外した。
【実戦科・監督権更新】
実戦監督官:ザイ・ロレン
被監督生:クレメンス・ハーグ