貸切ではない迷宮で鐘を鳴らす
《毎回おとなしい魔物しか出ないの、貸切だからだろ》
《管理局が久世雫用に個体を仕込んでる》
《“歩くだけで降伏”は演出込みの接待配信》
久世雫は、自分の予約枠を取り消した。
代わりに選んだのは、入場直前まで行き先が伏せられる公開抽選門。監査官が引いた札には、緊急封鎖中の第二十一層と表示された。
雫の普段の配信スタッフは全員入口に残り、抽選装置の操作権は批判側の検証番組へ渡されている。
扉の先では、千眼獅子が探索隊を追い詰めていた。人に従わない災害級個体。倒すだけでも国家級戦力が要る。
雫は腰の小さな呼び鐘を外した。
「仕込みなら、初対面には効かないよね」
獅子が無数の瞳を開く。石柱が睨まれただけで粉になり、配信カメラの保護膜が悲鳴を上げた。
雫は鐘を一度、鳴らした。
ちりん。
千の瞳が同時に閉じた。獅子の前脚が折れ、巨体が床へ伏す。牙を隠し、頭を雫の足元まで滑らせた。背後で暴れていた眷属まで腹を見せ、迷宮から殺気が消える。
《抽選ログ公開された。行き先確定は三十七秒前》
《千眼獅子、捕獲歴ゼロの野生個体》
《鐘に支配術式なし。ただの真鍮》
《降伏判定じゃない。“保護者への帰属”って何だよ》
《接待してたのは管理局じゃなく、魔物の本能か》
雫は獅子の額を一度撫でた。傷ついた探索隊が通れるよう、巨体は自分から道を空ける。
「私は弱い子をいじめない。強い子にも、それを覚えてもらうだけ」
反論していた検証者たちが、抽選サーバーの署名と現地映像を照合する。事前接触の可能性は一秒単位で消えていった。
《個体識別は本日初登録》
《音響解析、鐘の音量四十八デシベル》
《恐怖で従わせたんじゃない。獅子側の親愛値が一音で上限》
《仕込み疑ってた。ごめん。世界のほうが雫に懐いてる》
迷宮管理局の警戒表示が赤から緑へ変わる。
【災害級個体・千眼獅子――久世雫の随伴個体として臨時登録】
配信タイトルも更新された。
『貸切疑惑を公開抽選で検証』から、『初対面の災害を一音で家族にした』へ。