赤い一分

終電後、駅員が時刻表を拭くと、翌日最初に遅れる列車の横へ赤い点が一つ浮かんだ。

遅れは必ず一分。

原因までは分からない。

駅員は、その一分を消すことに熱心だった。

車両を早く入れ、乗客を急かし、扉を定刻より一秒早く閉める。

赤い点が現れた列車ほど、遅らせないよう構内を走った。

会社からは評価された。

一分の遅れでも積み重なれば信用を失う、と教えられていた。

冬の夜、翌朝八時十三分の各駅停車に赤い点が付いた。

駅員は発車前からホームへ立ち、階段の人へ声を張った。

「駆け込み乗車はおやめください」

扉が閉まる直前、白い杖を持つ女性がホームで立ち止まった。

杖の先端が外れ、線路との隙間へ転がったのだ。

女性は列車へ乗るべきか、部品を探すべきか迷っている。

駅員は時計を見た。

あと十秒。

予告の一分は、この人のためだと分かった。

発車合図を止め、係員と部品を探した。

先端はベンチの下にあった。

女性が乗り込むまで五十二秒。

列車は予告どおり一分遅れた。

「次の列車でもよかったのに」

女性が言った。

「この列車で病院へ?」

駅員が尋ねると、女性は首を振った。

「働きに行きます。遅刻すると困るのは私です」

助けられる側にも、守る予定がある。

駅員は初めて、遅れる人をただ運ばれる人として見ていたことに気づいた。

運行報告書には、

「乗客対応のため一分遅延」

と書いた。

上司から注意された。

先端だけ回収し、乗客は次へ案内すべきだったと言われた。

翌日、駅員の机に小さな封筒が届いた。

女性の勤務先からだった。

彼女は点字図書の校正をしており、その朝締切の資料を届けられたという。

中には一行だけあった。

「一分を返すことはできませんが、多くの人へ届く時間になりました」

時刻表の赤い点はその後も現れた。

駅員は遅れを喜ばない。

設備不良なら直し、案内不足なら改善する。

ただ、誰かの歩幅に必要な一分まで、失敗として削らなくなった。

春、時刻表が改正されても赤い点は消えなかった。

駅員は点の列車の前になると、時計だけでなくホームを見る。

時間どおりに運ぶことと、人を置いていかないこと。

二つがぶつかる日は、一分ぶんだけ後者を選ぶ余白が、赤く小さく記されていた。