足湯の椅子は二人分

薬草師ザラが王都の診療所を辞めたのは、患者より貴族の順番を優先する規則に疲れたからだった。

買えたのは街道外れの小さな土地。温泉は湧いているが、古い足湯の前には脚の折れた長椅子が転がっていた。

ザラは荷物を小屋へ入れる前に、椅子を起こした。

「今日はこれを座れるようにする」

板は雨を吸って重い。腐った脚を二本外し、近くの白樺から同じ長さの枝を切る。

座面の裏には、旅人らしい名がいくつも刻まれていた。ここが捨てられる前、誰かが湯に足を入れ、次の町まで歩く力を取り戻したのだろう。ザラは刻み目を削らず残した。新しい脚の継ぎ目だけを、乾燥させた薬草の繊維で固く巻く。薬草を刻む小刀しかないので、少しずつ削った。片方を短くしすぎて、薄い石を噛ませる。

完璧ではない。それでも座面へ体重をかけると、椅子はきしみながら耐えた。ザラが左右へ体を揺らしても、継いだ脚は外れない。座面を拭くと、古い木から日なたのような匂いが戻ってきた。

そのとき、街道から年老いた行商人が足を引きずって来た。

「湯を借りてもいいかね」

「もちろん。椅子の試運転もお願いします」

二人で並んで座り、靴を脱ぐ。足湯へ入れた瞬間、行商人の顔からしわが一つ消えた。湯気には土と薬草の青い香りが混じっている。

ザラは温泉脇で摘んだ山薄荷を茶へ入れた。小鍋では乾燥豆と蕪が煮え、柔らかな甘い匂いがした。

王都の診療所から来た早馬が、夕暮れに追いついた。

「院長が規則を改めると。主任の席も用意するそうです」

手紙を受け取ったザラは、封蝋を眺めた。それから椅子の空いている半分へ置く。

行商人が遠慮がちに立とうとした。

「わしは席を空けたほうが?」

「いいえ。そこはあなたの席です」

ザラは手紙を端へ寄せ、豆のスープを二つの椀によそった。

王都では、椅子の数より身分が先に決まっていた。ここでは先に来た疲れた人が座ればいい。

二人分の長椅子は少し傾いていたが、温かな夕食を支えるには、それで十分だった。