返却箱の中の封印紙

王立図書塔の閉館前、上級司書ベニスは、見習いフィオ・マルセルの私物箱から黒い本を取り出した。

「禁書庫の『死者名簿』だ。盗人を雇った覚えはないぞ」

閲覧室に残っていた司書たちが振り返る。ベニスは毎日、フィオにだけ煤だらけの煙突掃除を命じ、貸出机へ立たせなかった。孤児院出身だと知ってからは、蔵書が一冊見当たらないだけで彼女の寝台まで調べていた。

「その箱には鍵をかけていました」

「鍵など、おまえが自分で開けたのだろう」

ベニスは禁書を返却台へ叩きつけ、盗難告発書へ署名した。

「今夜のうちに衛兵へ渡す。二度と本へ触れられないようにな」

塔の監察司書が、返却台の音を聞いて現れた。

「禁書を見つけたのなら、封印紙を確認します」

禁書庫の本には、表紙と最後の頁をつなぐ薄い封印紙が貼られている。正規の閲覧では司書長が切り、触れた者の魔力紋と時刻が紙へ残る。

黒い本の封印は、一度破られ、雑に貼り直されていた。

ベニスが鼻で笑う。

「それこそ、この娘が盗んだ証拠です」

監察司書が紙へ浄化灯を当てる。灰色の筋から、指輪の形が浮かび上がった。塔内でその大きな蛇紋章を使うのは、上級司書ベニスだけだった。

続いて記録音声が再生される。

『フィオの箱へ入れておけ。孤児の言い分など誰も信じん』

ベニス自身の声だった。

彼は表紙を閉じようとしたが、返却台が本を固定した。封印紙は破損を検知した瞬間、周囲の会話を保全庫へ送る仕組みである。導入時に〈不正防止責任者〉として署名したのもベニスだった。

「部下を試しただけだ。禁書に近づかないかどうかを――」

「私物箱へ入れれば、近づいたことにはなりません」

フィオは腰の小さな鍵を示した。箱の錠にはこじ開けた傷があり、その溝からも蛇紋章の魔力が検出された。

監察司書は盗難告発書を取り上げ、署名欄を確かめる。

「虚偽であると知りながら、あなたは正式告発まで行った」

塔の入口で待機していた書庫衛兵が進み出る。監察司書は黒い本を封印袋へ収め、代わりに拘束命令書を開いた。

「ベニス・ローデル。禁書持ち出し、証拠捏造および虚偽告発の罪で、逮捕を命じる」