返送先は暴君陛下
王都郵便局の未達係ティシェは、届けられなかった手紙ばかり扱っていた。
宛名の消えた遺書、引っ越した恋人への便り、受け取りを拒まれた請求書。配達員が英雄のように感謝される一方で、彼女は「失敗した郵便の墓守」と呼ばれた。
技能も、返すことしかできない。
【返送:宛先へ届けられない文書を、その効力ごと差出人へ戻す。差出人の署名は不要】
局長は「紙に効力などあるものか」と笑い、王家の郵便だけは理由を問わず配達済みにしろと命じた。
暴君が反対派の一斉処刑を決めた朝、全国の役所へ黒封筒が届いた。文面は《反逆の疑いがある者を日没までに処分せよ》。差出人欄は空白で、宛先は《忠実なるすべての役人》だった。
具体的な名がないため、役人は誰でも反逆者にできる。孤児院では食料不足を訴えた院長が捕らえられ、広場には百の絞首台が立った。国王は玉座から公開処刑を眺め、自分は命令していないと言い逃れるつもりだった。
局長はティシェへ、黒封筒を配達済みの箱へ入れろと命じた。
「宛先が存在しません」
「国中の役人がいるだろう!」
「忠実な役人なら、罪のない者を殺す命令は受け取れない。これは未達です」
ティシェは百通の黒封筒を一束にし、返送印を一度だけ押した。
鐘が鳴る直前、全国の処刑台から命令の黒い光が抜けた。縄はほどけ、斧は台へ落ち、兵士の剣から強制の紋章が消える。戻った効力は王宮へ集まり、無署名のまま玉座の主を差出人と認めた。
国王の首へ百本分の縄が黒い帯となって巻きついた。腕には徴発印、足には投獄鎖。殺せと命じた人数分の拘束だけが返り、呼吸は奪わない。
「余は署名していない!」
叫びと同時に、王笏の内部から命令原本が飛び出した。魔力署名は国王本人のものだった。
広場の院長が縄を外される頃、郵便局長は配達済み箱から黒封筒を一枚も見つけられなかった。
局長は国王の命令だったと言い訳したが、未達箱には彼が握り潰した告発状が何十通も残っていた。配達員たちはそれを一通ずつ本来の宛先へ持ち出す。ティシェの机にだけ、差出人不明の花束が置かれ、今度は受取拒否されなかった。
《職業が【未達郵便係】から【因果郵政卿】へ書き換わりました》