選ばない恋人
薬袋遥士は、選択をほとんどしたことがなかった。服も食事も住居も、相性AIが最良を決める。恋人と出会ったのも、交際を始めたのも、二人の幸福確率が高かったからだ。
恋人はよく尋ねた。
「今日はどこへ行きたい?」
「おすすめでいいよ」
「何が食べたい?」
「君に合うもので」
恋人が髪を短くしたときも、遥士は「似合う確率が高い」と褒めた。誕生日には推奨順位一位の贈り物を渡し、彼女が欲しかった手書きの手紙は、文章品質が下がるという理由でやめた。恋人は時々、「あなたの間違いが見たい」と言った。遥士には、嫌われたいという意味にしか聞こえなかった。
優しさのつもりだった。間違った選択で相手をがっかりさせたくなかった。
交際三年目、AIが《本日の求婚成功率九二・四%》と通知した。遥士は指示された公園で、推奨文を読み上げた。
恋人は泣かなかった。
「私がいなくても、あなたは同じ文を読む?」
「相手が違えば調整されると思う」
答えた瞬間、彼女の顔から何かが消えた。
「一度くらい、私を選んでほしかった」
彼女は駅へ向かった。端末は、追跡すれば関係修復率が下がると警告した。遥士は立ち尽くした。これまでの人生で、警告に逆らう理由を自分で作ったことがなかった。
彼は走った。どの路線か分からず、適当に階段を降りた。反対方向だった。乗り換えも間違え、終点へ着いた頃には、彼女から別れの通知が届いていた。
別れたあと、遥士は復縁計画を何度も生成した。最適な謝罪文も、偶然を装う再会場所も出た。だがそれを実行すれば、また相手ではなく確率を選ぶ。彼は計画を削除し、自分の言葉で一通だけ謝った。返事はなかった。
結局、選択は報われなかった。
遥士は空腹を感じ、端末を閉じた。駅前には三軒の店があった。最適店を知らないまま、一番客の少ない食堂へ入った。注文した料理は辛すぎて、半分も食べられなかった。
食堂の主人に「次は辛くないのを選ぶか」と聞かれ、遥士は迷った末、「次も同じもの」と答えた。好きになったわけではない。ただ、今日の失敗を明日の自分がどう感じるか、自分で確かめてみたかった。
それでも彼は、初めて残した皿を長く眺めた。
恋人を失った日から、遥士の人生には失敗が増えた。だから少しずつ、自分のものになった。