避難港八番

梵田秋生は、仮想世界の避難を担当する夜勤技師だった。企業が小規模サーバーを閉じるたび、住民データを巨大な共同世界〈避難港〉へ移す。

ある夜、八つの世界が同時に停止対象になった。移送できる容量は一世界分だけ。秋生の画面には、人口、文化資産、利用率、生産性が点数で並んだ。

最上位は戦略ゲーム世界。最下位は、利用者のいない古い漁村世界だった。

規則通りなら迷う必要はない。だが漁村から通信が入った。

「こちら波止場。避難船は何時に来ますか」

話してきたのは、港番の老人だった。秋生は「未定です」と答えた。老人は毎時、同じ質問をした。

一方、戦略世界の王は移送を要求し、他世界を切り捨てるよう命じた。幼児教育世界は子どもを優先しろと訴え、音楽世界は自分たちの曲を圧縮してでも運べと言った。

秋生は幼い頃、洪水の避難所で家族とはぐれたことがある。名簿に名前が見つからず、「対象外」と言われた夜の寒さを覚えていた。画面の点数が低い世界ほど、その言葉に似て見えた。

停止まで二時間。秋生は一世界を選ぶ代わりに、八世界から風景と身体を削り、人格を文字だけの対話形式へ圧縮した。海も城も音楽もない。真っ白な空間で、名前と記憶だけが残る。

規格外操作により、移送後の復元保証はなかった。それでも八世界の代表に説明すると、最初に同意したのは漁村の老人だった。

「港は、船を残す場所じゃない。出す場所です」

移送は成功した。八十万人は白い空間で声だけになった。王は王冠を失い、音楽家は音を失い、漁師は海を失った。

秋生は処分され、避難業務から外された。だが数年後、白い世界から新しい街の設計図が届いた。住民たちは互いの記憶を材料に、城壁の隣へ漁港を造り、学校の鐘を音楽家に任せていた。

添付された音声には波の音があった。誰も本物を覚えていないため、八世界の住民が相談して作った波だった。

最後に老人の声がした。

「技師さん、避難船は着きました。今度はあなたが来る番です」

秋生は白い世界への接続申請を出した。職を失ってから初めて、自分にも避難先があると思えた。