避難階段の値札

避難階段に、段ボール箱が一列に積まれた。

中身は未開封の家電、玩具、スニーカー。七〇二号室の葛西森昂成が、転売用の商品を保管していた。

管理人の千草谷澄礼が撤去を求めると、昂成は箱へ値札を貼りながら笑った。

「部屋に入らないんだから仕方ないだろ。階段は誰も使ってない。売れたらすぐ片づける」

箱は翌週、踊り場まで増えた。住人が通ろうとすると、昂成は「触ったら弁償」と貼り紙をした。

ある夜、館内で火災警報が鳴った。

誤報だったが、住人が避難しようとすると、箱で階段が半分塞がれていた。幼児を抱いた母親がつまずき、手すりで腕を打った。

翌日、消防署と大家による緊急点検が行われた。

昂成は、自分の箱ではないと言った。

「転売屋を嫌う誰かが、俺の部屋番号を勝手に貼ったんだ」

防犯カメラには、昂成が深夜、台車で商品を運び、箱へ自分の販売アカウント用の在庫番号を貼る姿が残っていた。宅配業者の配達記録も、七〇二号室への荷物と一致する。

消防署員は、避難経路へ可燃物を置くことの危険性を説明した。

昂成は「火事なんて起きていない」と反論した。

「起きる前に空けておくから、避難経路です」

大家は契約書を開いた。共用部の占有、事業在庫の無断保管、消防上の危険、再三の警告違反。契約解除と、箱の移動・保管費を請求するという。

昂成は急に箱を売り切れば問題ないと言い、ライブ配信を始めた。

「今から在庫処分。大家に捨てられる前に半額!」

だが販売サイトの担当者から、共用部を倉庫として利用し、安全を損なう出品者のアカウントを停止したと通知が届いた。映像は住人の通報で共有されていた。

昂成は澄礼へ、数日だけ待ってほしいと頼んだ。

「売れなきゃ引っ越し代がない」

澄礼は、倒れた子どもの母親が出した診断書を机へ置いた。

「待っていたのは、階段を使えなかった住人です」

消防署員が箱一つずつへ移動命令票を貼り、大家が明渡期限を読み上げた。

避難階段から最後の値札付き段ボールが運び出された瞬間、商品へ値段を付け続けた昂成の部屋だけが、契約終了という売れない札を貼られた。