金箔のずれたオペラ
鴻上理世は、洋菓子店「アリア」で金箔のずれたオペラを選んだ。
長方形のチョコレートケーキは、コーヒークリームと生地が几帳面な層を作っている。けれど上面の小さな金箔だけが中央から外れ、右隅に寄っていた。
「こちらでいいですか。飾りが少し」
店主が尋ねた。
「それがいいです」
理世には、ずれているものを隠したくない気分だった。
午後の企画会議で、先輩が理世の提案を自分の案として話した。共有資料の構成も、理世が昨夜直した順番のまま。市場調査の表には、自分だけが使う注釈記号まで残っていた。偶然だと思い込む余地もなかった。会議のあと「チームの成果だよ」と肩を叩かれ、何も言えなかった。入社三年目の自分が騒げば、手柄にこだわる人だと思われそうだった。
店主はオペラを箱へ置くと、金箔のある右隅を目印に、小さな紙片を挟んだ。蓋を閉じても、どちらが上面の正面か分かるようにするためだ。さらに商品ラベルを箱の裏へ隠さず、側面へ貼った。そこには製造担当者の名字が印字されている。
「作った人の名前まで入るんですね」
「記録なので」
店主は淡々と答え、レジの時刻を合わせてから領収書を出した。秒まで正しい数字が紙へ刻まれる。
理世は会社のクラウド履歴を思い出した。企画書には、作成者と更新時刻が残っている。感情を訴えなくても、記録を示せる。
店の小さなカウンターでノートパソコンを開き、会議の参加者へメールを書いた。
〈本日共有された企画について、原案と検証資料を添付します。作成履歴のとおり、私が担当した範囲を明日の会議で説明します〉
先輩を責める文は入れなかった。自分の名前を、担当箇所へ戻すだけにした。
送信後、理世は箱の紙片を指で確かめた。金箔が右にある。そのずれが、品物を見分ける印になっている。
帰宅して切れば、整った層は崩れるだろう。それでも誰が作ったかは、箱にも履歴にも残る。理世はオペラを水平に抱え、明日の説明を最初の一文から考え始めた。