金糸を真鍮へ替えた署名

 婚礼衣装の公開仕立てで、裾から金色の糸が一本抜けた。磨かれた真鍮糸だった。

 ミハイロス公子は即座にオルティシア・グラナードを責めた。

「純金の代金を取りながら安物を納めさせた。差額を着服した女との婚約を破棄する」

 刺繍図案を描いたのはオルティシアだ。集まった貴婦人たちは、派手好きな彼女なら金を惜しみ、名誉だけ飾るだろうと囁いた。

 裾の模様は、両家の領民が育てた麦と葡萄を結ぶ意匠だった。純金を望んだのは豪華さのためではない。婚礼後に糸をほどき、飢饉の備えとして換金できるようにする古い習慣だった。ミハイロスはその説明を聞き流し、見た目が同じならよいと言っていた。

 職人たちは俯いている。材料を選べなかった彼らまで詐欺師にされかねない。オルティシアは自分の名誉だけでなく、黙って命令に従わされた手仕事の名誉も、同じ一条で取り戻すと決めた。

 オルティシアは糸を爪先で踏まず、仕立台へ戻した。

「材料変更は、誰の署名で成立しますか」

 織物組合長アルモンドが、布見本を綴じた婚礼契約を差し出した。第十一条は一文だけだった。

 ――純金糸から代用品へ変更する場合、購入権者が血判し、差額の返金先を同じ欄へ記す。

 頁を開くと、乾いた赤い署名と返金先が残っていた。

『変更承認、ミハイロス。返金先、ミハイロス私用口座』

 返金額は、領民百世帯が冬を越せるほどだった。彼は節約したのではない。婚礼衣装から非常時の備えを抜き、自分の遊興費へ変えていた。

「図案を描いた者と、金を抜いた者は同じではございません」

「婚礼費を節約しただけだ。夫になる私の判断だぞ」

「それなら、なぜ着服犯をわたくしにしたのです」

 ミハイロスは返答を捨て、婚約を戻す代わりにこの件を黙れと命じた。

 オルティシアは未完成のドレスから婚約飾りを外した。

「この衣装は仕立て直します。花婿だけを替えて」

 元婚約者に背を向ける。アルモンドは工房へ戻る扉で、針を持たない手を差し出した。オルティシアは笑みを浮かべ、その手を取った。