銀杏を先に
島崎和葉は、退団届の上に祖母の茶碗蒸しを置いた。
湯気で紙が湿らないよう、封筒との間に鍋敷きを挟む。明日の面談で提出すれば、十六年続けたヴァイオリンを仕事として弾く日は終わる。
右手の震えが始まったのは半年前だった。日常生活には支障がないのに、弓を持つと指だけが固まる。医師は期限を決めずに休むよう勧めたが、席を空けたまま待ってもらえる楽団ではない。和葉は自分から終わらせれば、見放されたことにはならないと考えていた。団員には腱鞘炎、祖母には休養中と伝えている。音楽大学の学費を出してくれた祖母へ、治らなかったとは言えなかった。半年前の演奏会では、一音を落とした。客席の祖母だけが立ち上がりそうなほど拍手し、終演後に「今日は少し速かったね」と笑った。気づかれていない安堵と、気づいてほしい気持ちが同時に残った。
祖母は演奏会の日、必ず茶碗蒸しを作った。卵液は濾しすぎず、銀杏を一個だけ底へ沈める。和葉はその苦味が嫌いで、最後に残して祖母へ渡した。
今夜は自分でレシピを開いた。出汁の量の横に、和葉が小学生だったころの走り書きがある。
〈銀杏を残した。帰ってから私が食べる〉
その下には別の日の字で、〈今日も〉、さらに下に〈大人になっても〉と続いていた。
蓋を取ると、出汁の香りを含んだ湯気が上がった。匙を入れれば、卵は形を崩してなめらかに滑る。器の底を探り、最初に銀杏をすくった。
噛むと、やはり苦かった。
祖母に渡せば消えた苦味を、和葉は初めて自分で飲み込んだ。だからといって、震えが治るわけではない。退団が惜しくなくなるわけでもなかった。
茶碗蒸しを半分まで食べたところで、祖母から着信が来た。面会の予約を確認する短い電話だった。
「明日、何時?」
「三時」
それだけ答え、和葉は通話を切らなかった。いつもなら聞かれる前に元気だと言うところだった。
最後の一匙を器へ残し、退団届を封筒から出す。紙の端は少しだけ温まっていた。
「おばあちゃん。明日、持っていくものがある」
退団届ではない。祖母のレシピを写した新しい紙と、震える手でできる仕事を探すための音楽教室の募集要項だった。
和葉は最後の一匙を食べず、蓋を戻した。明日、祖母の前で続きを話してから、冷めた分を自分で食べるつもりだった。