鍵のかかったハモリ

失踪した妹のハモリは、兄が歌うときだけ鍵を開いた。

蓮池蒼司は、空になった自宅スタジオで最後のデュエット曲を再生した。妹の梢は半年前、兄妹ユニットの解散話をした翌日に消えた。残されたプロジェクトには、灰色のコーラストラックと短い言葉がある。

「二人で歌おう」

蒼司は全国配信を始めた。梢を探す最後の呼びかけにするつもりだった。イントロでは、二人が子供の頃に使った鍵盤ハーモニカが鳴る。Aメロを蒼司が歌うと、ミュートされたはずのトラックが淡く光り、梢の声が半拍遅れて重なった。

「二人で歌おう」

コメント欄は奇跡だと沸いた。蒼司も妹がどこかから生配信していると思った。しかし自分が黙ると、梢の声も止まる。息を吸えば同じ長さで吸い、語尾を震わせれば同じ震えが返る。追いかけているのではない。蒼司の声の中から、妹の成分だけを分離している。

二年前、梢は喉の病気で高音が出なくなった。蒼司は「ユニットを守るため」と言い、彼女の過去音源を学習させた補助ボイスをライブで重ねた。次第に本人のマイクを小さくし、最後には梢がいなくても二人で歌えるようになった。解散を望んだ彼女へ、蒼司は契約違反だと怒鳴った。

サビで、分離された梢の声が主旋律を奪う。蒼司の声は伴奏のように小さくなる。スクリーンには、過去ライブのマイク音量が表示された。梢の生声をゼロへ近づけた操作履歴。そのすべてに蒼司の署名がある。

最後の一音だけ、梢の声は蒼司から離れた。外部回線へ接続し、今の生声で告げる。

〈私は生きています。今後、私の声の使用を許可しません〉

続いて代理人の連絡先が表示され、合成トラックが一斉に停止した。蒼司は初めて、一人分の薄い声でステージに残された。

イヤーモニターから、三度目の言葉が聞こえる。

「二人で歌おう」

仲直りして再結成しようという誘いではない。二人分を一人で所有するのをやめ、それぞれ自分の声で生きようという、妹からの解散宣言だった。