鎖のない兜

ヤナクの兜には、顎を留める鎖がなかった。

高地王国ティワナでは、鎖のない兜をかぶる者は「すでに死者」とされる。戦場の伝令がそれを着けたとき、敵は首を刎ねてはならない。行き先へ着き、言葉を告げるまでは、神々の所有物だからだ。

敵もその掟を知っている。だから殺さずに、落とす。鎖のない兜の者へ水を与える義務も、手当てをする義務もない。死者は渇かず、痛まないという理屈だった。

出発前、ヤナクは自分で鎖を断った。切れ端は妻へ渡した。帰ればつなぎ直す。帰らなければ、葬具の輪に使えと言った。妻は泣かず、切れ端を歯で噛んだ。

ヤナクは黄昏、敵の山塞へ正面から入った。青銅の兜を見た門兵が槍を引き、代わりに足元の縄を切った。石段が崩れ、彼は谷へ滑り落ちかけた。指の爪を二枚剥がして縁へ戻ると、兵たちは笑って道を空けた。

彼の命令は兜の内側にある。煤で塗られた天頂に、指一本分だけ青銅が露出している。北の吊橋を示す印だ。味方の鷲砦へ着いたら、橋を切れ。ヤナク自身が渡り終えるかどうかは命令に含まれていない。

敵将パラクは中庭で待っていた。

「死者よ、どこへ行く」

「鷲砦」

「何を告げる」

「着くまで口にすれば、掟を破るのは私ではなく、聞いた者だ」

パラクは笑い、北の吊橋を指した。谷風の中で、細い板が揺れている。橋の中央には敵兵が油を撒き、向こう岸には弓兵が並んでいた。

「渡れ。神が所有するものなら、火も矢も避けるだろう」

ヤナクは橋へ足を置いた。兜は鎖がないため、風に何度も持ち上がる。押さえれば両手が塞がる。放せば命令を失う。彼は兜の縁を歯でくわえ、四つん這いで進んだ。

中央で火矢が油へ刺さった。炎が板を走る。背後の敵兵は橋を揺らした。ヤナクは立ち上がり、燃える縄を踏み、最後の三間を跳んだ。

鷲砦の兵が彼を引き上げたとき、背中の衣は焼け、右耳がなかった。守将アトクは問いもせず兜を受け取る。内側の煤と、一筋の青銅を見た。

敵兵が橋を渡り始めている。ヤナクはまだ息をしていた。

「俺が渡り終えたかは、関係ない」

アトクは斧兵へ手を振り下ろした。

北の吊橋を支える主綱に、最初の斧が入った。