鏡の兄弟

久住玄は一人っ子だった。二十二歳で就職し、通勤のため祖父母の空き家へ移った。洗面所には横長の三面鏡があり、中央だけ曇りが取れない。

父が残した中学時代の日記には、一つだけ家の決まりが書かれている。

《鏡に兄弟が一人多く映っても、人数を数えてはいけない》

日記の写真では、父も一人っ子のはずなのに、鏡の中だけ同じ顔の少年が三人並んでいた。父はその頁以降、自分を「末っ子」と書いている。

住民票の古い写しでは、久住家の子どもの人数が訂正のたび一、三、五と増えていた。名前はすべて同じで、生年月日だけが七年ずつ違う。父の兄弟欄にも三人分の父が並び、末弟だけ現在の住所へ転出している。

引っ越した初夜、玄が歯を磨くと、左の鏡に学生服の自分、右の鏡に作業着の自分が立った。中央にいる玄だけが現在の服装だった。左右の二人は半拍遅れず、玄より先に口をすすいだ。

見間違いだと証明したくなった。スマートフォンで録画しながら、指を差して一度だけ数えた。

「一、二、三」

左右の二人が同時に笑い、中央の玄へ向けて「三」と言った。録画を再生すると、数えた声は玄一人分ではなく三人分で、最後に鏡の裏から小さく「やっと揃った」と聞こえた。

翌朝、家族チャットに二つのアカウントが増えていた。《久住家長男》《久住家次男》。どちらのアイコンも玄の幼少期だが、覚えのない海辺と病室で撮られている。母は自然に「兄さんたちにも連絡して」と書き込んだ。

会社の緊急連絡先を確認すると、玄の続柄は「三男」。扶養家族欄には、年齢の異なる玄が二人登録されていた。削除申請は長男の承認待ちになった。

夜、洗面所の鏡は普通に戻っていた。安心して歯ブラシを取ると、コップに三本入っている。一本には学生時代に使っていた名前シール、もう一本にはまだ入社していない会社のロゴがあった。

スマートスピーカーが玄関の音を拾った。

『久住家の長男と次男が帰宅しました』

玄は一人で立っていた。だが家族チャットへ、左右から同時にメッセージが届いた。

《末っ子、鏡を開けて》