雨を吸う小袋

王立書庫の敵は、火ではなく雨だった。

梅雨になると羊皮紙が波打ち、魔法陣の線が滲む。去年は治癒術の原本七冊が読めなくなった。それでも司書長は、棚を拭く布を増やすだけだった。

「下働きが古文書に触れるな」

硝子は書庫の外へ追い出され、代わりに保管箱を一つ借りた。

彼女が入れたのは、焼いた石灰を厚い布で二重に包んだ小袋だった。原本には触れさせず、箱の隅へ置き、蓋を閉じる。

隣の箱には、同じ年代の写本をそのまま入れた。

七日間、雨が続いた。壁を水滴が伝い、床板まで湿った朝、監査官の前で二つの箱を開ける。

硝子は箱を開ける前に、蓋の内側へ指を当てさせた。比較箱はじっとり冷たく、小袋の箱はさらりとしている。木の継ぎ目に溜まる水滴もない。司書たちは原本をめくらず、箱の状態だけで差を確かめられた。

小袋は原本と直接触れず、角の金網籠へ収まっている。粉が漏れる危険もない。重くなった袋だけ交換し、炉で焼き直せば再び使える。新しい箱も高価な魔法具も不要だった。交換時刻も、重さだけで判断できる。

監査官は一袋を振り、乾いた小石の音を聞いた。

何も入れなかった写本は、端が反り、紙同士が貼りついていた。小袋を入れた箱の写本は平らなまま。指でめくると、乾いた紙の音が一枚ずつ響いた。

硝子が小袋を量る。最初より三十六匁重い。箱の中の湿気を、その分だけ吸っていた。

司書長は紙を嗅いだ。黴の臭いがしない。

そのとき、屋根の継ぎ目から大粒の水が落ち、禁書棚の保管箱を濡らした。司書たちが悲鳴を上げる。硝子は準備していた小袋を各箱へ入れ、乾いた布で外側を拭き、蓋を密閉した。

翌朝、禁書二十四冊は無事だった。被害は箱の表面だけ。復元費用、金貨四百枚がゼロになった。

監査官は、昨年の損失表と小袋一つの値段を並べた。

「一袋、銅貨三枚か」

硝子が頷く。

監査官は司書長ではなく、彼女へ王印付きの注文票を渡した。

「まず千袋。あわせて硝子殿を保存技術官として採用する。王国の全書庫へ配備せよ」