雨上がりの排水口
梨沙は、雨がやんだあとにベランダへ出るのが好きだった。
町の音が濡れて少し低くなり、車のタイヤだけが遠くで水を切る。外廊下の照明は床の水たまりへ逆さに映り、室外機の羽根が回るたび、残った雫が細かく震えた。
その夜は午前一時まで降っていた。
梨沙が窓を開けると、排水口の周りに枯れ葉と砂が集まり、水が小さな渦をつくっていた。
回って、つかえる。
回って、止まる。
また雨が降れば、部屋側まで水が広がるかもしれない。掃除は明日でもよかったが、梨沙は割り箸と古い歯ブラシを持ってきた。
枯れ葉を一枚ずつ取り除く。湿った葉は床へ張りつき、剥がすたび、ぺたりと音を立てた。砂を寄せると、青い小さな玉が出てきた。
ビー玉よりずっと小さい。アクセサリーの部品か、子どもの玩具か。梨沙のものではない。前の住人が落としたのか、上の階から雨と一緒に流れてきたのかも分からなかった。
上のベランダで、タオルを絞る音がした。
水が筋になって落ち、梨沙の手すりを数滴たたく。続いて、誰かが「ごめん」と小さく言った。こちらへ向けた言葉か、部屋の中の誰かへの言葉か判別できないほどの声だった。
梨沙は見上げず、「大丈夫です」とも言わなかった。
雫はすぐ止まり、上の窓が閉まる。
排水口から枯れ葉を外すと、水はためらわず流れ始めた。青い玉だけが、歯ブラシの先で街灯を反射している。
梨沙はそれを捨てず、台所の小皿へ置いた。持ち主を探すほどのものではない。ただ、今夜ここまで流れてきた小さなものとして残す。
ベランダ全部は掃除しなかった。排水口の周りだけ水を拭き、道具を片づける。
歯ブラシの毛先には泥が絡み、割り箸には濡れた葉の匂いがついた。梨沙はそれらを新聞紙へ包む。上の階で一度だけ椅子を引く音がして、そのあとは静かになった。誰かの水も自分の水も、同じ排水管の先へ流れていく。
室外機が止まり、渦もなくなった床に、外廊下の白い照明がまっすぐ映った。
梨沙は窓を閉め、青い玉のある小皿を見える場所へ置いて、濡れた夜の続きを一人で眠った。