雨宿りの予約席

コワーキングスペースの傘立てで、小此木美冬の白い自動傘が、透明なビニール傘に替わっていた。

白い傘は、片手で開閉できる軽いものだ。残された透明傘には、施設の貸出用QRシールが貼られている。

夕方、玄関を通ったのは、運営責任者の榎並直哉、フリーライターの轟木清香、清掃担当の平賀航。平賀は傘を並べ直し、榎並は宅配便を受け取り、清香は左手首に包帯を巻いたまま急いで出ていった。

透明傘の留め紐は、右手だけで結んだ不格好な輪になっている。受付端末には、貸出用傘が一本返却された記録。共有カレンダーには清香が消し忘れた〈妹・卒業式 十七時〉という予定があった。

美冬がQRを読み取ると、登録番号は本来、透明傘のものだった。朝、平賀が濡れた傘を拭いた際、剥がれかけたシールが白い傘へ貼り付いたらしい。清香はそれを貸出用だと思い、片手で開ける傘を選んだ。

「気づいたなら戻るでしょう」と美冬が言うと、榎並は首を横に振った。

「駅で電話がありました。戻れば式に間に合わない。あなたには僕から謝ると言いました」

清香は妹と半年、口をきいていなかった。進路をめぐってひどい言葉を言い、謝罪のメッセージを何度も消したという。今日は花束を抱え、校門で待つつもりだった。包帯の左手では、普通の傘と花を同時に持てない。

「だからって、私の傘を」

「返すと言っていました。妹さんと話せたら」

榎並は透明傘を差し出した。

「それまでは、これを貸出用にします。今度は正しい持ち主へ」

美冬は透明傘で帰った。白い傘より重く、風で頼りなく揺れたが、誰かの謝罪が間に合う重さだと思えば腹は立たなかった。

夜、清香から写真が届いた。白い傘の下に、花束を挟んで並ぶ姉妹の靴が写っている。

〈仲直りできました。傘も明日、必ず返します〉

翌朝、美冬の机には白い傘と、卒業式でもらった紅白饅頭が一つ置かれていた。

美冬は湯気の残る饅頭を半分に割って口に入れた。

「延滞料金は、これで十分です」