雲豹猫さまの涙は花粉のせい

公爵家の庭園へ雲豹猫が降りた日、園遊会は悲鳴で終わった。

空を駆ける猫型魔獣で、涙を一滴落とせば雷雨を呼ぶとされる。白灰の巨体が薔薇園にうずくまり、両目から大粒の涙を流していたため、令嬢たちは屋敷へ逃げ、魔術師は晴天結界を張り始めた。

庭師見習いの紗弓は、猫の周囲に散った黄色い粉を見た。

今朝、南国から運ばれた黄金百合だ。人間でも鼻がむずむずするほど強い花粉が、雲豹猫の鼻と長い眉毛にびっしり付いている。

「悲しくて泣いているんじゃない。目が痒いんです」

公爵夫人は「神獣を侮辱するな」と叱った。直後、雲豹猫が盛大なくしゃみをし、庭園の噴水が雲まで吹き上がる。

紗弓は笑いそうになるのを堪え、じょうろと清潔な布を持って近づいた。

「怖くないわけじゃないです。でも痒いのは我慢できませんよね」

猫が鼻に皺を寄せる。紗弓は黄金百合を一本抜き、自分の鼻へ近づけた。すぐにくしゃみが出る。その姿を見て、雲豹猫の耳が前を向いた。

まず風上の百合を刈り、花粉が舞わないよう水をかける。それから布を湿らせ、猫の目尻へそっと当てた。

雲豹猫は前足を振り上げた。爪一つで紗弓を裂ける大きさだったが、その足は彼女の肩を越え、痒い顔を自分で擦ろうとする。

「待って。爪で傷になります」

紗弓は前足を抱え、目の周りを何度も洗った。眉毛についた粉を小さな櫛で取り、鼻先には冷たい葉を載せる。

涙が止まると、空を覆っていた雲も薄れた。雲豹猫が喉を鳴らすたび、薔薇の上だけに柔らかな雨が降り、しおれていた花が一斉に開く。

額の雫模様が輝き、紗弓の親指へ小さな雲の印が宿った。

公爵夫人が慌てて正庭師の地位を申し出る。

紗弓は返事をする前に、黄金百合を庭から外す許可を求めた。雲豹猫が彼女の背後で、もう一度だけ小さくくしゃみをしたからだ。

その後、猫は芝へ仰向けになり、紗弓の膝へ頭を押し込んだ。雲を梳いたような毛は指の間で形をなくし、けれど頭はしっかり重い。頬へ触れる呼気は雨上がりの風ほど湿って温かく、彼女の作業着までやさしく暖めた。