青いスポットライト
常盤栞奈が舞台へ出る合図は、青い光だった。
文化祭のクラス劇で、栞奈は姫役の代役。前日の夜、主演が熱を出し、台詞を覚えていたという理由だけで決まった。
「無理。絶対、途中で止まる」
舞台袖で言うと、照明係の森下悠真が二階の操作室を指した。
「止まったら青を当てる」
「青?」
「俺が見てるって合図」
「客席からも見えるけど」
「客は演出だと思う」
開演すると、栞奈は最初の台詞から喉が乾いた。王国も呪いも台本も、照明の熱で全部飛びそうになる。
それでも場面が変わるたび、足元に淡い青が落ちた。
台詞を忘れたとき。
衣装の裾を踏んだとき。
告白の場面で、相手役の顔を見られなくなったとき。
青い光は一秒だけ灯り、すぐ白へ戻る。
誰にも気づかれないほど短いのに、栞奈にはそのたび、二階から「大丈夫」と言われている気がした。
最後の場面。姫は王子に背を向け、別れの台詞を言う。
「あなたを好きになったことだけは、後悔しません」
声が震えた。
台本では、ここで暗転する。
ところが白い照明が消えたあと、青だけが残った。
相手役はもう袖へ下がっている。舞台には栞奈一人。客席は予定外の余韻だと思い、静かに見守っていた。
青い光の中で、栞奈は二階を見上げた。
操作室の窓越しに、悠真がいた。
彼は照明卓から手を離し、胸の前で片手を上げた。リハーサルのとき、栞奈が冗談で教えた合図だった。
――今の台詞、誰に言った?
栞奈は台本を胸へ当て、同じ合図を返す。
――そっちは、誰に当ててるの?
一秒、二秒。
青い光が少し揺れた。
それから舞台全体が暗くなり、拍手が起きた。
幕が下りるなり、栞奈は階段を駆け上がった。操作室の扉を開けると、悠真が言い訳より先に頭を下げた。
「ごめん。消すの遅れた」
「何秒?」
「三秒」
「わざと?」
「二秒は」
栞奈は台本を開き、告白の台詞へ指を置いた。
「これ、誰に言ったと思う?」
悠真の返事はなかった。
ただ彼は、手元の小さな作業灯を青へ切り替えた。
狭い操作室で、今度は二人にしか見えないスポットライトが灯った。