静かなフォークリフト
自動車部品倉庫では、電動のリーチフォークがほとんど音を立てない。だから夜勤の千早圭吾は、走行音より先に、作業員の靴を見る癖があった。
午前一時、組立工場へ送る金型が到着した。重量は一・八トン。落とせば金型だけでなく、翌朝の製造計画が一週間ずれる品だった。値段を口にする者ほど、通路の人影を見なくなる。指定棚へ入れる途中、フォークが通路の中央で突然止まり、警告音を鳴らした。
「デッドマンの接触不良だ。踏み直せば動く」
運転者がペダルを何度も踏む。後ろでは別便が詰まり、主任は手動解除を急かした。圭吾は車体の下へ潜らず、まず周囲を立入禁止にした。金型は床から二十センチ浮いたまま。解除した瞬間に車体が跳ねれば、近くの人間は逃げられない。
彼はフォークの後輪と床を懐中電灯で照らした。透明なストレッチフィルムが軸へ巻きつき、細い尾が通路の白線まで伸びている。車体が止まったのは故障ではなく、異物を検知した安全装置のためだった。
「切ればいいだろ」
「荷を上げたまま刃物を入れません」
圭吾は別のフォークを呼ばず、金型の下へ規定の受け台を差し込んだ。油圧を少しずつ抜き、荷重が受け台へ移ったことを四隅で確認する。それから電源を切り、鍵を抜き、二人でフィルムを除いた。巻き込みは後輪だけでなく、配線のカバーまで達していた。無理に走らせていれば、被覆を破っていた。
原因は、隣の梱包区画から風で流れたフィルムだった。圭吾は床を掃くだけで終わらせず、切れ端を捨てる箱の位置を作業台の風下から足元側へ変えた。さらに金型の搬送が終わるまで、人の通路を一本閉じた。遠回りになった作業員には、閉鎖理由と解除時刻を白板へ書き、勝手に柵を動かされないようにした。
午前二時十五分、整備担当の確認を受けたフォークは、同じ場所を静かに通過した。運転者は今度、ペダルを踏み直さなかった。主任も出発時刻を口にせず、床の透明な切れ端を拾った。
金型便が出ると、充電残量の警告が別の車体で点いた。交換用バッテリーは倉庫の反対端にある。
圭吾は白線の内側を歩きだした。静かな機械の夜は、人が気づく音だけで続いていた。