音のしない魔剣工房

鍛冶師ブラムは、金属を擦る音が苦手だった。

打撃音は平気なのに、刃を研ぐ甲高い音だけで歯が浮き、手元が狂う。

魔王メルキアドはそれを一度見ただけで、工房の砥石すべてに消音魔法をかけた。

「陛下の魔力を、こんなことに使うなんて」

「こんなことではない。おまえの仕事に必要だ」

最強の魔王は、戦場では山を一つ消せる。部下には剣が折れれば腕が悪いと言い捨てる男が、ブラムの耳当てだけは革の硬さまで確かめた。

「締めつけないか」

「ちょうどいいです」

「なら使え」

その工房で、魔王軍最強の新剣が完成した。

献剣式の日、将軍たちは剣へ「滅国」の名をつけ、魔王個人の所有物として登録しようとした。

ブラムは鞘を抱えたまま動かなかった。

「渡せ」と将軍が命じる。

「この名前では渡しません」

観衆が息を呑む。魔王への献上品を拒む鍛冶師など、前代未聞だった。

「この剣は町を守るために作りました。国を滅ぼす名も、陛下一人の持ち物にするのも嫌です」

将軍が剣を奪おうとする。

「職人に所有権はない!」

メルキアドの指が動き、将軍の鎧だけが粉々になった。本人には傷一つない。

「ブラムへ触れるな」

魔王は剣を欲しがっていた。夜ごと工房へ通い、完成を待っていたことをブラムは知っている。それでも彼は命令しなかった。

「では、何と名づける」

「『帰路』。兵が生きて帰るための剣です。王都守備隊へ貸し出したい」

「貸し出し?」

「所有権は工房に残します。戦争に使われるなら回収します」

将軍たちは一斉に反対した。だがメルキアドは、登録書の所有者欄へ「鍛冶師ブラム」と書いた。

「陛下、ご自身の魔剣を手放すのですか」

「最初から余のものではない」

魔王は鞘へ触れる前に、ブラムへ視線で許可を求めた。頷きを得てから、剣を掲げる。

「新剣の名は『帰路』。所有者はブラム。使用条件も彼が決める」

消音された砥石のように静かな広間で、最強の魔王は言い切った。

「余の欲しいものを作ったからといって、ブラムまで余の所有物になったと思うな」